酒噺 ~もっとお酒が楽しくなる情報サイト~

自然と人の努力が生んだ、酒造好適米・山田錦の噺

自然と人の努力が生んだ、酒造好適米・山田錦の噺

12月は、日本全国で日本酒の仕込みが始まる季節。 日本酒にとって大切な素材といえば、水と米。水に関しては、以前この【酒噺】の中でもご紹介しました。 今回ご案内するのは、日本酒造りに重要なお米の噺。 今や全国的に有名となった、酒造好適米として“酒米の王様”とも呼ばれる「山田錦」のふるさと、兵庫県加東市のJAみのり東条営農経済センターを訪れました。

酒造好適米・山田錦の“ふるさと”とは?

兵庫県加東市は、東条川の豊かな水がつくる水田の町。
酒造好適米の「山田錦」が生まれたのは、1936年、明石市の兵庫県立農事試験場でのこと。
以来、この地は山田錦の故郷として83年経った現在も日本一の山田錦出荷量を誇っています。

この地域の農家をサポートするのが、JAみのり東条営農経済センター。
今回、JAみのりの東条営農経済センターの谷川利喜(たにがわ・としき)さん、笹倉延泰(ささくら・のぶやす)さん、営農部販売課の荻野俊輔(おぎの・しゅんすけ)さん、JA全農兵庫の小嶋一範(おじま・かずのりさん)、そして山田錦の生産を行う農業家の平川嘉一郎(ひらかわ・かいちろう)さんにお話を伺ってきました。

酒造好適米と普通の米は何が違う?

そもそも、山田錦などの酒造好適米は、私たちが普段食べているお米とどう違うのでしょうか。

「酒造好適米は、その名の通り酒造に適した米ですが、もちろんそれ以外の米でも日本酒は造れますし、酒造好適米を炊いて食べることも問題ありません。昔はこの辺りの農家さんも、大粒の山田錦を選別した後に残った、粒の小さいものを食べて育ったという人が少なくなかったんです」(萩野さん)。

続いて、山田錦の特徴を笹倉さんがお話しくださいました。

「山田錦の特徴は、米の中心にある白く不透明な『心白』(しんぱく)が発現しやすいこと。心白が発現していると水を吸いやすく、また酵母菌が入りやすくなるんです。
それから消化性が高いことが挙げられます。もともと山田錦は、米の吸水性や消化性に優れた『山田穂』(やまだぼ)と、大粒で心白の大きい『短稈渡船』(たんかんわたりぶね)を掛け合わせてできた品種で、その長所をよく受け継いでいます。これが、山田錦が“酒米の王様”と呼ばれる理由のひとつで、実際に山田錦が誕生してから80年以上が経ちますが、これ以上に優れた酒米はまだ発見されていないと言われています」。

気候と土壌と人が生んだ、日本を代表する酒造好適米産地

80年以上一つの品種が作り続けられ、しかも、酒米という一つの分野でトップを走り続けているという事実に改めて驚かされます。
では、なぜ加東市が山田錦の産地となったのでしょうか。

実際に山田錦を栽培する生産者の平川さんにその理由を伺いました。

「それは、この地域の地形も関係あるんです。加東市は、南の六甲山系、北の丹波山地と山地に囲まれているため、瀬戸内特有の温暖な気候にも関わらず、夜は六甲山系が暖かい空気を遮り、丹波山地から冷たい空気が流れ込むので、朝晩の寒暖差が10度〜15度もあります。これが、山田錦の生育には最適。加えて加古川や東条川の豊かな水運が、水田に欠かせない水を運んでくれます」。

東条川の流れ
「さらにこの地域には、水分やマグネシウム、リンといった養分をたっぷりと含んで保持する『モンモリロナイト』という粘土質の土壌が広がっており、背の高い山田錦の生育を助けてくれました。この3つの要素が、山田錦の栽培に非常に適していたんです」(平川さん)。

「酒米として非常に優れている山田錦ですが、栽培時には他の米にはない苦労があるんです。まず、稲の丈が1m30cmほどと高く、風などで倒れてしまいやすい点。かつては山の斜面で育てていたようですが、近年では機械化が進み平地で栽培するようになりました。JAみのりでも、栽培の難しい山田錦を作る農家さんを守り、支援していくために、土作りのアドバイスや、水田の水漏れなどを防ぐ資材の提供を行っています。こうした取り組みの最たるものが『穂肥(ほごえ)』の指導です。これは、山田錦の実りをよくするために与える肥料のこと。ただし、この穂肥は欲張ってたくさん与えると丈が長くなり過ぎ稲穂の重みに耐えかねて稲が倒れてしまいますし、反対に少なければひょろひょろとした稲になってしまいます。穂肥のタイミングや肥料の量などは、まさに私たちの腕の見せ所。出穂(しゅっすい)の時期になると、専門の技術者が農家さんを回って、指導をしているんです」(谷川さん)。

1袋900kg! 巨大な米袋が並ぶライスセンターへ

山田錦の特徴や、栽培時の取り組みを伺った後に私たちが訪れたのは、東条ライスセンター。

地域一帯で作られた山田錦がこの施設に集められ、籾摺り(もみすり)・選別・出荷されていきます。

施設に入ってまず目に飛び込んでくるのは、うず高く積まれた米の袋。
私たちが普段スーパーで目にしているものとは大きさが全く異なります。

一つの袋はなんと900kg。これが倉庫中に並んでいるのです。
加東市東条地区で一年に作られる山田錦は約1,800トン。そのうちJAみのり東条営農経済センターには約1,200トンが集まります。

見上げるほどに大きな選別機には、次々と籾摺りされた玄米が注ぎ込まれ、粒の大きさによって分けられていきます。

米の一粒、日本酒の一滴に込められた多くの努力

設備を見上げる私たちの横で、小嶋さんが感慨深そうに語ってくださいました。

「私たちが見てもやっぱり壮観ですね。今や山田錦は全国各地で栽培が行われていますが、やはり私たちの地域のものにはかなわないと思っています。実際に、鑑評会に挑む酒蔵さんからも『兵庫の山田錦を使えば間違いない』という声が上がっているほどです。東条地区で現在、山田錦を作っている農業家さんは430戸ほど。これからも、美味しい日本のお酒が皆さんのお手元に届くよう、より良い実りを目指して私たちも努力を続けていかないといけませんね」。

80年以上にわたり酒米のトップとして君臨し続ける山田錦。
JAみのり東条営農経済センターや生産者の皆さんは何事もないように語りますが、その裏には、毎年変わる天候・気候に合わせて土を作り、肥料を細かに調整し、背の高い山田錦を風雨から守り、倒れないよう大切に育てあげるためのさまざまな苦労が見て取れました。

それだけではなく、平川さんによれば「山田錦を他の土地で栽培しても、東条地区のような粒が大きく、優れた酒米にするのは難しい」のだそうです。
これは現代の生産者さんの努力だけでなく、83年という長きにわたり、山田錦に最適な土を作り、土地の力を養い続けてきた生産者の皆さんの真摯な取り組みの賜物なのです。

艶やかに透き通り、その中心に雪のように白い心白を抱く大粒の山田錦。
大吟醸酒のように酒米を50%以上まで削る酒造工程においては、時として、弱い酒米が削りに耐えきれず砕けて酒の味を損ねてしまうことがあります。
しかし、心白が大きく高い粘度と強度を保ち、そして雑味の元となるタンパク質の少ない山田錦は砕けにくく、甘く、すっきりとした味わいの酒を造り出してくれます。

また、山田錦は心白がもろみに溶け出しやすく、消化性も高いため低温で時間をかけて造られる吟醸酒造りには最適。
その高い吸水性から酵母菌が入りやすく、「突き破精型」(つきはぜがた)と呼ばれる吟醸酒に最適な麹(こうじ)が育まれ、まさに”美味い酒”を造るための理想が詰まった酒米なのです。

江戸の昔から明治、大正期。戦前から戦後、そして現在に至るまでに、日本酒は様々な人の努力と想いのもと美味しく進化しました。
進化をもたらした要因の一つは、山田錦の登場にあるのかもしれません。
その裏には、何百という酒米の中から、山田錦を開発した育種研究員さん、それを最適な場所で育て、守り続けた生産者の皆さん、そして山田錦の魅力を最大限に引き出すために、飽くなき探求を続けた酒造家さんの、気の遠くなるような試行錯誤があったのです。

私たちが気軽に飲む日本酒には、数多くの生産者の歴史と奇跡のような努力が結晶のように溶け込んでいます。
皆さんも、山田錦を使用した日本酒をお求めの際は、ぜひ一口味わう前に、加東市に広がる田園風景を思い浮かべてみてください。
豊かな水と土壌、山から吹き降ろす六甲の涼やかな風の情景はきっと、皆さんのお酒を楽しむ時間を一層趣あるものに変えてくれるはずです。

<取材協力>
JAみのり 東条営農経済センター
住所:兵庫県加東市天神277-1


そのほか、お酒造りに関する噺をあわせてどうぞ

秋に円熟する日本酒「秋あがり」と灘の名水の噺
https://sakabanashi.takarashuzo.co.jp/cat2/2VQmN

関連記事