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11月11日は「立ち飲みの日」!——達人が語る立ち飲みの魅力の噺

11月11日は「立ち飲みの日」!——達人が語る立ち飲みの魅力の噺

11月11日が「立ち飲みの日」であることをご存知でしょうか。こちらを記念日として発案申請したのが、大衆酒場にまつわる著書を数多く上梓している藤原法仁(のりひと)さんと浜田信郎(しんろう)さん。今回はこのおふたりに雑誌『古典酒場』創刊編集長の倉嶋紀和子さんを交え、それぞれの立ち飲み愛を東京・新橋の名店で語ってもらいました。

そもそも「立ち飲みの日」って?

訪れたのは、JR新橋駅に直結している「新橋駅前ビル」の2号館、その地下1階にある「立ち呑 こひなた」です。魅力は1杯250円(表示価格は全て税込・以下同)の「酎ハイ」をはじめとするおいしくて激安なお酒と、同様に破格な一皿200円の絶品おつまみ。味のある縄のれんのエントランスや、女将さんとスタッフの心地いい接客も酒飲みの心をつかみます。

左から、藤原法仁さん、倉嶋紀和子さん、浜田信郎さん
まずは藤原さんと浜田さんに、2010年に登録された「立ち飲みの日」申請の経緯を聞きました。

「『立ち飲みの日』を申請した理由は、はっきり言って酒の勢いです(笑)。2009年の末ぐらいだったかなと。でも、その数年前からずっと心のなかではくすぶっていて、浜田さんたちと飲むたびに『記念日があるといいよね』みたいな話はしていたんです」(藤原さん)

「そうそう! あのときはいつになく真面目な顔で、藤原さんが『マジで立ち飲みの日を申請しようと思うんだよね』って。前からそんな話は聞いていたんですけど、本当にやるんだ!って驚きましたよ」(浜田さん)

「社交辞令のような感じで『やろうやろう』みたいなことってよくありますけど、僕はそういうところが変に真面目なんです。まあ、普通なら冗談半分で『だったらやってよ』みたいになる話を、僕が真に受けたってことなんですけどね」(藤原さん)

本サイトで連載中の【東京・大衆酒場の名店】ナビゲーターとしてもおなじみの藤原法仁さん(左)。倉嶋紀和子さん(右)は雑誌『古典酒場』の創刊編集長。大衆酒場を日々飲み歩きつつ、「にっぽん酒処めぐり」(CS旅チャンネル)「二軒目どうする?」(テレビ東京)などにも出演。その他にもお酒をテーマにしたさまざまな活動を展開中。俳号「酔女(すいにょ)」は吉田類さんが命名
おふたり曰く、当時有名な11月11日といえば「ポッキー&プリッツの日」ぐらいだったそう。そもそも、なぜ記念日として申請(※)しようと思ったのでしょうか?

「本当になんとなくの勢いで、使命感とか美談になるような理由ではないです。でも、当時は今みたいに『○○の日』がそこまで多くなかったですし、面白そうだなって思ったんです。ただ、いざ調べてみたら登録に費用がかかることがわかって。年会費みたいのはいらないんですけどね」(藤原さん)
※日本記念日協会に申請をして、審査に合格すると記念日として登録される

「『金は俺が出すから、連名で浜田さんも一緒にお願い』って言ってね」(浜田さん)

「さすが藤原さん、男気ありますね!」(倉嶋さん)

「誰かが登録しないと記念日はできない訳です。それなりに費用もかかりましたが、使い道としてはかなり効果的で、たまに立ち飲み屋さんから『藤原さんのおかげですよ』みたいに言われて、一杯おごってもらえることもあるんです。結果的に登録費用は生涯残る先行投資みたいなもんで、喜んでくれるお店や人がいるなら本望ですよ」(藤原さん)

藤原さんと共に「立ち飲みの日」を申請した浜田信郎さん(右)は、ブログ「居酒屋礼賛」の主宰。『酒場百選』(筑摩書房)『ひとり呑み』(WAVE出版)など大衆酒場に関する著作を数多く出されています
2009年の末から本格的に動き出し、登録された後2010年の11月11日に初回を迎えた「立ち飲みの日」。翌2011年の11月11日は100年に一度の「111111」が並ぶ日としても盛り上がり、さらにこの日は金曜日だったことでも注目を浴びたとか。1月1日ではなく11月11日にしたのは、元旦は営業していないお店が多いからでしょうか?

「いや、1は人が集って立ち飲みをしているイメージで、2つより4つ並んだほうがにぎやかでしょ。だから11月11日にしたんです。でも11月11日はすごく人気で、そのあと『うまい棒の日』や『たくあんの日』でもあることがわかって」(藤原さん)

「ポッキー、プリッツ、うまい棒、たくあん。立ち飲みのお店にもありそうなラインナップでいいですね!」(倉嶋さん)

ところで、なぜ「チューハイの日」や「大衆酒場の日」などではなく「立ち飲みの日」にしたのでしょうか。その理由は、日付のマッチングとして11月11日が最適だったということと、当時は特に立ち飲みが脚光を浴びていたからだと藤原さんは言います。

立って飲めるスペースがあれば、そこは立ち飲みの店

近年の立ち飲みブームは、「酒場詩人」の肩書で知られる吉田類さんが『立ち呑み詩人のすすめ』を出版した2000年が第1次。当時はいわゆる古典的な立ち飲み店がメインだったそう。その後、インターネットの普及とともに勝どきの「かねます」、北千住の「徳多和良(とくだわら)」、新小岩の「しげきん」といった割烹スタイルの高級店やハイコスパ店が話題になり始めたのが2006~2008年ごろ。これが第2次ブームだと3人の達人は言います。

次第に、イタリアンやスペインバルスタイルの立ち飲み店も増えていったのだとか。その極めつけとなったのが、「立ち飲みの日」がスタートした翌年の2011年。いまも続く「俺の」シリーズの1号店「俺のイタリアン 新橋本店」がオープンして大行列に。模倣店が出るほど人気になるとともに、「おいしくて安い立ち飲みは最高!」ということが世に知れ渡りました。この頃が第3次ブームといえるでしょう。

こうした第1~3次ブームを経て、立ち飲みは完全に市民権を獲得したのです。では、さらに歴史をさかのぼると、立ち飲みはいつ頃から始まったのでしょうか?

「飲食ができるお店、いわゆる居酒屋は江戸時代にはあったそうなので、当時も立って飲めるお店はあったのではないかと考えられますが、立ち飲みの歴史を語るうえでポイントとなるのは角打ちだと思います」(倉嶋さん)

角打ちは「かくうち」と読み、これは酒屋の店頭で升酒を直接飲むこと。転じて、店の一角を仕切って立ち飲み用にすること。またはそこで飲むことです。江戸時代には一般的に行われていたことが文献にも残っていて、倉嶋さんが一例を教えてくれました。

「『忠臣蔵』の赤穂浪士四十七士のひとりとして知られる、堀部安兵衛のエピソードですね。堀部安兵衛が高田馬場の決闘に行く前に、早稲田に現存する今の『リカーショップ小倉屋』さんで、角打ちをしたという話が有名です」(倉嶋さん)

高田馬場の決闘があったのは、江戸時代中頃の元禄7(1694)年。当時すでに立ち食いのそばや寿司の店もあったといいますから、立ち飲みが一般的だったことも想像に難くないといえるでしょう。

「江戸となると東京が話題の中心ですけど、今も続く角打ちが多い地域は、実は北九州なんです。時代は近代以降になりますが、北九州市は八幡製鉄所や筑豊炭田をはじめとした工場・炭鉱・港湾の都市として栄えました。そして、そこで働く労働者が安価で楽しむ憩いの場として角打ちがもてはやされたのだと思います」(倉嶋さん)

北九州の立ち飲みについて熱く語る藤原さんと倉嶋さん
「確かに、北九州は各駅で降りてはしごできるぐらい、素敵な角打ちの店がたくさんありますよね。小倉にある旦過(たんが)市場の名店『赤壁(あかかべ)酒店』とか!」(藤原さん)

「九州は全体的に『○○酒店』という名称の飲み屋が多いのも特徴です。角打ちができる酒屋として続いているお店もあれば、屋号は『○○酒店』でも飲食店営業許可書をとって居酒屋にしているお店もありますし。でも北九州は特に、角打ち文化が伝統的に愛されているんだと思います。東京近辺にも労働者の街はありますけど、角打ちのほかにも大衆酒場に大衆食堂、町中華など、地方に比べて飲める店が多く、種類も多様ですからね」(浜田さん)

浜田さんの「飲食店営業許可書をとって居酒屋に」という話は、営業形態のこと。酒販店はあくまでも小売店なので、お酒の販売はできても調理した料理を提供したり椅子を出して飲食をさせたりしてはいけないことになっています。その意味では「角打ちとは立ち飲みのことである」とは言えません。では、立ち飲みの定義とは?

「そうですね。飲みに行く側の立場からしたら、定義などは気になりません。スタンディングのスペースと、テーブル・イス席の両方があるお店ってたまにありますけど、それはそれで利便性がいいですよね。一部に座れる席があるから立ち飲みの店じゃないとは思いませんし」(倉嶋さん)

「例えば、名古屋駅って面白いんです。ホームできしめんなどを提供していた立ち食いうどん店が、おでんをつまみに酒も飲めるということでいつのまにか立ち飲み好きの憩いの場になっていて。そういうお店も、立って飲めるなら立ち飲みってことでいいと私は思います」(浜田さん)

「ひじをついて、リラックスできるぐらいのカウンターの高さがあることは重要だと思います。でもまあ、おふたりが言うように、立って飲めるスペースがあるなら、そこは立ち飲みのお店ってことでいいんじゃないですかね」(藤原さん)

立ち飲みの魅力はウマくて安くて1杯でもOKなところ

立ち飲みといってもさまざま。前述したように「立ち呑 こひなた」は1杯250円の「酎ハイ」と一皿200円の絶品おつまみがメニューの名物です。

「酎ハイ」(250円)。コクのある宝焼酎がベースで、強めのアルコール度数によるボディとキレ、爽快感も魅力です

「オムソバ」(200円)。シメだけではなく、1杯目のアテとして注文する人も多い一番人気のおつまみです。注文ごとに卵を焼いてくれるのもうれしい
女将さんにお店の話を聞くと、「立ち呑 こひなた」の開業は1986~1987年ごろ。ご主人がオープンした当時はお店に関与していなくて、正確な時期は覚えていないと言います。驚くべきは価格で、おつまみの値段は25年以上ずっとそのまま。お酒は消費税が10%になった2019年に10円値上げしただけとのこと。

おつまみは左から、「砂肝」「ポテトサラダ」「鳥皮」(各200円)。どれも「オムソバ」に並ぶ人気メニューです

一部、320円のおつまみも。こちらは玉ねぎ、しょうがなどと一緒に醤油ダレで味付けされた「鯨刺し」(320円)
そのうえで、立ち飲みの魅力はどんなところにあるのか。3人に聞きました。

「安くておいしいのはもちろんのこと、短時間でもOKなところがありがたいですね。座ってくつろぐタイプのお店だと『何品か注文しないと申し訳ないな』って思うんですけど、立ち飲みなら1杯飲みたいときにサッと寄って帰っても罪悪感がないですから」(藤原さん)

「確かに! 私は“隙あらば飲む”が座右の銘なので、用事の合間の10分とかで飲みたいときに寄るのは立ち飲みになりますね。その一方、ゆっくり飲むこともできますし。使い勝手のよさが素晴らしいです」(倉嶋さん)

「私は安全な酒場であることも魅力だと思います。というのもスタンディングってことは、立っていられない人は飲めないってことですよね。なので、立ち飲みには酔っぱらって絡んでくる人や、くだを巻いている人がいないんです」(浜田さん)

大衆酒場の達人が揃えば、酒噺が尽きることはありません
「立ち呑 こひなた」の客層については、女将さんもひとこと。

「うちはやっぱり、サラリーマンのみなさんに支えられています。多い年代は40~60代ですけど、ここ2~3年で20~30代の若い方や女性にも来ていただけるようになりました。この駅ビルは警備員さんが巡回してくれるから、危なくないんです。もちろん立ち飲みだから変に酔っぱらう方もいないですし、女性でも安心して飲めるお店ですよ」(女将さん)

そのほか酒場通の3人は、狭い店内のスペースを譲り合って飲む大人の社交場であること、狭い空間ならではの一体感も魅力だと言います。コロナが終息したらまたにぎやかに乾杯したいという想いは、立ち飲み好き共通の願いだといえるでしょう。

譲り合って気持ちよく飲むことが大切

酒場の初心者には、少々敷居が高い立ち飲み店。そこで、達人3人による立ち飲み店での注意点をうかがいました。

「どのお店でも基本ですけど、まずは注文の仕方です。1杯飲んですぐ帰るならいいんですけど、ゆっくりするなら2杯、3杯とオーダーしましょう。もちろんおつまみもご一緒に。あとはさっきの浜田さんの話にありましたけど、足がふらついてきたら帰りましょう」(藤原さん)

「これは立ち飲みでも、イスの席がある店でも共通ですが、初めての場合はお邪魔させてもらっているというような気持ちを心掛けるといいと思います。注文に迷ったら、まずは酎ハイやレモンサワーなど、定番のお酒で。おつまみは、ほかのお客さんが食べているメニューを見て、『おいしそう』と思ったら同じものを注文するといいのかなと」(倉嶋さん)

「足のふらつきはもちろん、お腹いっぱいになって注文できなくなったら帰るというのも作法です。立ち飲みのお店は、次のお客さんに譲る気持ちが大切ですから。カウンターのスペースも同様で、あまり自分の前を占拠しないよう、お酒1杯とおつまみ1~2品置けるくらいがいいと思います」(浜田さん)

「立ち呑 こひなた」には、ほかにも立ち飲みの達人に間違いないお客さんが!
お店と周囲のお客さんに配慮をして譲り合いの精神で楽しむ。もし混んできてまだ飲みたいと思ったら、サッとお会計をして次の立ち飲み店にはしごする。これが立ち飲みの基本的なマナーです。少しずつにぎわいを取り戻し始めた街と飲食店。奥深い立ち飲みの世界に足を踏み入れて、大人の文化を堪能してみませんか?
<取材協力>

立ち呑 こひなた

住所:東京都港区新橋2-21-1 新橋駅前ビル2号館 B1
営業時間:12:00~23:00(L.O.22:45)
定休日:日曜、祝日
※営業時間等に関しましては、店舗にお問い合わせください(取材日:2021年10月18日)

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