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田から生まれる伝統の酒肴の噺

田から生まれる伝統の酒肴の噺

2020,8,7 更新

お酒が生まれた古代より、日本人は様々な酒の肴とお酒を楽しんできました。中でも古い歴史を持っているのが、鮒寿し。今回は、歴史ある酒の肴とお酒を楽しむ噺です。

滋賀県の名産品としても有名な鮒寿し。
中には「ちょっとにおいが…」という方もいますが、そのふくよかな香りと旨味にすっかり惚れ込んでしまうという方も少なくありません。
今回はそんな、古くから愛されるお酒の友を求めて、琵琶湖の北西の地・マキノで天明4(1784)年から続く鮒寿しの老舗「魚治(うおじ)」を訪れました。

鮒寿しとは?

JR湖西線・マキノ駅から徒歩20分ほど。
琵琶湖八景の一つ、海津大崎の岩礁のある海津湾の近くに店を構える魚治は、230年以上続く鮒寿しの老舗。
風格あるお店の戸を開けると、7代目店主の左嵜謙祐(ささき・けんすけ)さんが私たちを迎えてくれました。
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現在では肴として珍重されている鮒寿しですが、一般家庭の食卓にはなかなか上がりづらいものかもしれません。ましてその歴史や作り方については、お酒好きであっても詳しく知っている方はまれ。
そこで、酒噺スタッフは鮒寿しを味わう前に左嵜さんに、鮒寿しのあらましをレクチャーしていただくことに。
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「鮒寿しの発祥は、タイから中国の雲南省にかけての地域だと言われています」と左嵜さん。

「鮒寿しをはじめとするこうした寿司は、熟れ寿司(なれずし)と呼ばれるもので、日本にはおおよそ1400〜1500年ほど前に稲作とともに伝来したと考えられています。現在では琵琶湖周辺の名産となっていますが、かつては日本の各地で作られており、使われる魚も鯉や鮎など多彩な種類がありました。大阪の堺のものが年貢として納められていたという記録も残されています」。
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左嵜さんはさらに続けて、
「鮒寿しは古くから伝わる食品で、作り方もシンプルながら非常に手間暇のかかるもの。滋賀では琵琶湖の固有種・ニゴロブナを使います。まず、春先の産卵期を迎えた鮒の鱗とえら、内臓を丁寧に取り除き、水洗いした後で塩漬けにします。夏の土用の頃になったら塩漬けとなった鮒を取り出し、丁寧に塩を洗い流して、再び水気を取り、これに炊いたご飯をしっかりと詰め桶の中に敷き詰めて蓋をし、重石を乗せたら蓋の上に水を張ります。鮒寿しの発酵に使われる乳酸菌は、嫌気(けんき)性という酸素の少ない場所で活発に働きます。更に言えば、鮒寿しの発酵の邪魔をする雑菌の多くは酸素を好みますので、水によって酸素が桶の中に入らないようにすることで有用な菌は守り、不要な菌の活動を抑えてあげるわけです」。
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「さらに、鮒をつける夏の土用頃の気温は乳酸菌の発酵に最適で、乳酸菌の発酵によって酸味とともにどんどんと旨味が増えていきます。通常は、冬頃には食べられるようになりますが、魚治ではさらに1年、じっくりと寝かせた鮒寿しをご提供しています」。

鮒寿しは田んぼから生まれる?

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ニゴロブナを獲る漁師
手間のかかる鮒寿しづくりですが、使用される食材は、魚・米・塩・水と非常にシンプル。琵琶湖周辺で鮒寿しが今もなお、盛んに作られている理由の一つがこの材料にあると左嵜さんは言います。

「鮒寿しに使われるニゴロブナは、地域によっては“イヲ”と呼ぶ、琵琶湖の水深の深いところに棲んでいる、獲ることの難しい魚。唯一春先だけは産卵のため琵琶湖に注ぐ川を登って水田を訪れます。この時に遡上する鮒によって水面が大きく浮き上がる様子を琵琶湖では“イオ島”と呼び、普段は農業をしておりこの時期だけ鮒を獲る人々のことを“にわか漁師”と言います。こうした言葉ができるほど、琵琶湖の人々にとってニゴロブナの遡上は、おなじみの風景だったわけですね。

また、この産卵期のニゴロブナは、卵に栄養を取られているため身に脂が少なく、長期間保存しても脂が酸化して味が落ちることがありません。
田で獲れる熟れ寿司に最適な鮒を、田を潤す水で清め、同じく田で獲れる米を詰めて漬け込む。鮒寿しは、湖ではなく田んぼから生まれるのです。塩を除く食材が水田一つで揃ったことが、琵琶湖の鮒寿しづくりを盛んなものにしたのでしょう。今では少なくなりましたが、かつて琵琶湖周辺では、それぞれの家で鮒寿しを仕込んでいました。酒の肴だけでなく、消化がよくアミノ酸も豊富であることから、お腹が痛くなった時や滋養をつけるための常備薬としても利用していたんですよ」。

湖北の自然と蔵の菌が育む魚治の鮒寿し

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昭和初期の魚治周辺の写真
琵琶湖周辺では、鮒寿しがどの家庭でも作られていたと言います。
各家庭で鮒寿しが作れるこの地域で、なぜ魚治が230年以上も専門店として暖簾を守り続けているのでしょうか。その理由は、乳酸菌と湖北ならではの気候にあるようです。

「鮒寿しは乳酸菌の発酵によって作られる食材ですが、この乳酸菌の種類によって味が変化します。乳酸菌は日本酒の酵母と同じように、主に家や蔵に住みつきますので、作られた場所によって味が異なります。魚治の蔵に住み着いた菌は、幸運にも鮒寿しを見事に美味しくしてくれるものでした。私たちは創業以来この“蔵持ちの菌”を使い、守り続けており、現在でも蔵の中には魚治の名を継いだ当主にしか入ることが許されていないんです」。
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「魚治の味のもう一つの秘訣は湖北の自然。通常、鮒寿しは夏に仕込み冬に食べるものですが、私たちは二冬以上かけて熟成します。湖北の地は、冬になれば1m以上の雪が積もる豪雪地帯。この寒い気候に低温熟成されることで、濃厚な旨みで、丸みのある鮒寿しが出来上がるのです」。

「本漬」と「甘露漬」湖西ならではの2つの鮒寿し

鮒寿しの歴史から、魚治独自の美味しさの秘訣までを伺ってしまうと、もう鮒寿しを味わわずにはいられなくなってきました。
特別にお店の一角で、鮒寿しとともにお酒をいただきます。
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まずはオーソドックスな鮒寿し「本漬」をいただきます。
口に入れた瞬間、酸味とともにふわりと発酵した米と鮒の香りが広がります。
塩気のある身は程よく引き締まり、噛むと旨味とともにゆっくりと甘さが立ち上ってきます。たっぷりと詰まった卵は、舌で潰せるほどに繊細。絹のようにさらりと魚卵のコクを口いっぱいに感じさせてくれます。
忘れてはいけないのが鮒寿しの周りについた米。もろもろと口の中で酸味とともに解けていく米は、私たちの知っているものとは別物。
強い旨味の乗ったそれは、一度味わっていただきたい新鮮な驚きを感じさせてくれます。

わずか一ミリほどのスライスとは思えないほどの香りとコク、そして酸味と塩気。
鮒寿しを初めて食べる方がその力強さにたじたじとなってしまうのは、この複雑に重なり合う味の洪水に慣れていないからなのでしょう。
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鮒寿しに合うお酒として、左嵜さんもおすすめなのが、鮒寿しと同じく乳酸菌の力を借りて作る生酛(きもと)の日本酒。

松竹梅「白壁蔵」<生酛純米>の米の旨みを引き出した、まろやかでやわらかい味わいが、鮒寿しの味をさらに奥深いものにしてくれます。
酸味やコクの質は全く違うのに、不思議とマッチするのは、日本酒も鮒寿しも同じく水田から生まれたものだからなのかもしれません。
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続いては、琵琶湖周辺でも湖西一帯でしか作られていないという幻の鮒寿し「甘露漬」。
これは漬け込んだ鮒寿しのお米を取り除き、酒粕で漬け直したもの。鮒寿しとは打って変わって香りは軽やか。酒粕の独特の甘さが、鮒寿しをより一層食べやすいものにしてくれます。

湖北では子供が初めて鮒寿しを食べるときは、甘露漬からというケースも多いそう。
確かに、鮒寿し入門の一品としてはこの甘くて香りの爽やかな甘露漬が向いているかもしれません。
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鮒寿しよりも甘みの強い甘露漬には、さらりとした吟醸酒がよく合います。
特撰松竹梅<大吟醸>磨き三割九分の華やかな香りと優しい口当たりが、酒粕の甘みを優しく受け止めつつ口の中の雑味をきれいに取り去って、鮒寿し本来の酸味とコクを際立たせてくれます。
すっきりとした酒が、肴の味を磨いてくれる、実に良い取り合わせです。

伝統とともに、これからも受け継がれゆく湖西の味

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「私が、先代から店を受け継いだとき言われたのは「歯車になれ」ということでした。今の世の中にはそぐわない言葉かもしれませんが、千年以上守り続けられてきた味を守る上で、自分の一代だけができる変化を求めていては、味も文化も継承されません。当然、現代の生活スタイルに合わせた変化は必要です。でもそれは、私が歯車として鮒寿しという文化をしっかりと受け継ぎ、後世へ渡すための仕事ができて初めて挑戦すべきことなのです」と左嵜さん。
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魚治の鮒寿しは、日本のみならず世界各国でも注目されつつあり、海外の著名なレストランのシェフが鮒寿しに合わせるワインを選ぶために来日するほど。
それも、古くから人々の舌を楽しませ続けたこの味を左嵜さんがしっかりと守り継いで来たからなのでしょう。

とかく珍味や香りの強い食材として取り上げられがちな鮒寿しですが、しっかりと向き合ってみると、その複雑玄妙な香りと味に気付かされます。
まだ、鮒寿しを体験したことがないという方、この味を知らないのはなんとももったいない話です。

魚治の鮒寿しは、全国の百貨店などの催事で購入できるほか、お店へのお電話・Faxなどでも注文可能です。
この機会に、お酒好きならお好きな一杯と、ご家族と楽しむならお茶漬けなどで素敵な鮒寿しとの出会いを楽しんでみてはいかがですか?
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<取材協力>

鮒寿し 魚治
住所:滋賀県高島市マキノ町海津2304
営業時間:9:00~20:00
定休日:火曜
URL: https://uoji.co.jp

▽今回鮒寿しと一緒にご紹介したお酒はこちら
・松竹梅「白壁蔵」<生酛純米>
https://shirakabegura.jp/

・特撰松竹梅<大吟醸>磨き三割九分
https://www.takarashuzo.co.jp/products/seishu/daiginjo_migaki39/
   

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