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江戸時代のお酒事情の噺

江戸時代のお酒事情の噺

2021,7,16 更新

外出控えで外食がなかなかできず、居酒屋から足が遠のいているこの頃。自宅での晩酌にも少し飽きてきた…という方には、少しタイムスリップして「江戸時代」のお酒事情を肴に今日のお酒を楽しんではいかがでしょうか?

ワイワイガヤガヤと大勢でも、一人静かに過ごすのも良し…お酒とつまみと会話を楽しむ場所といえばやはり居酒屋。ところで、よくよく考えてみると「居酒屋」とはどのようなものなのでしょうか。

居酒屋文化が一般の人々の間に花開いたのは、江戸時代のこと。
時代劇を見ていると、町人が気軽に居酒屋を訪れ、お酒と美味しそうな料理を楽しんでいるシーンが登場します。
では、当時の人々は居酒屋でどのようなものを食べ、飲み、楽しんでいたのでしょうか、また「居酒屋」というスタイルはどのように生まれたのでしょうか。
コロナ禍でなかなか、外出や旅行に行けないのなら、お金をかけても決して行けない場所の気分を味わってみてはいかがでしょうか。今回の酒噺は、江戸時代の居酒屋にタイムスリップしてお酒を楽しむ噺です。

居酒屋の始まりは酒屋?

『磨光世中魂(ミガケバヒカルヨノナカショウネダマ)』

『磨光世中魂(ミガケバヒカルヨノナカショウネダマ)』

出典:国立国会図書館デジタルコレクション
お酒を店で楽しむというスタイルは、実は江戸時代より以前に存在していたと言われています。古くは奈良時代、天武天皇の曾孫にあたる、葦原王(あしはらおう)という人物が「酒肆(しゅし)」で酒を飲み、刃傷沙汰(※1)を起こしたという記録が「続日本記」に記されています。酒肆とはお酒を飲ませる店のこと。つまり奈良時代から人々は、店でお酒を飲んでいたのです。
ちなみに、造り酒屋が文献の中に登場するのは万葉集から。さらに5世紀ごろには、市でお酒を売っていた記録が残っています。

しかし、私たちが一般的に知る「居酒屋」という形態が、市井に広まったのはやはり江戸時代のこと。
江戸時代の初期には、江戸の町に多くの造り酒屋がありました。造り酒屋があれば、それを卸して売るお店もあり、こうした酒を扱うお店は「請酒屋」(うけざかや)といわれ、元禄時代(1688年-1704年)には街のあちこちに、酒林(※2)が掲げられていたようです。
(※1)刃傷沙汰(にんじょうざた)…刃物で人を傷つけるような争いや騒ぎ
(※2)酒林(さかばやし)…杉の葉を集めてボール状にしたもの。造り酒屋など軒先に緑の杉玉を吊るすことで新酒が出来たことを知らせる。


『江戸名所道化尽 廿七 芝飯倉通り(エドメイショドウケ...

『江戸名所道化尽 廿七 芝飯倉通り(エドメイショドウケヅクシ ニジュウナナ シバイイクラドオリ)』 

出典:国立国会図書館デジタルコレクション
お酒を売っていると中には、家まで持ち帰るのがもどかしく、店先やお店の中で「すぐにお酒を飲みたい!」と言い出す人がいるのは、今も昔も変わらないようで、この請酒屋は次第に店先で直ぐに飲めるようにお酒を提供しはじめます。
このスタイルのことを、店に「居」ながら酒を飲むということで、「居酒」(いざけ)と呼ぶようになり、さらにお酒に合わせるものとして簡単な料理なども出していたようです。
これが居酒屋のルーツ、居酒屋の発祥は酒販店の中で酒を飲む「角打ち」だったのです。
この「居酒」は非常に繁盛し、やがて酒を販売するだけではなく、店内でお酒を飲ませることをメインにするお店も登場するようになりました。
『むさしあぶみ』

『むさしあぶみ』

出典:国立国会図書館デジタルコレクション
その一方で、明暦3(1657)年に江戸では「明暦の大火」と呼ばれる大火事が起こり、江戸市中の大半が燃えてしまいます。この復興のための工事に、多くの人足(※)が集められたのですが、この人々の食事の需要を当て込んで「煮売茶屋」(にうりちゃや)と呼ばれるお惣菜屋、定食屋が生まれます。やがて、この煮売茶屋でも酒を提供しはじめるようになりました。

酒がメインの「居酒屋」と料理がメインの「煮売茶屋」が互いにサービス競争を重ねるうちに、それぞれが料理とお酒の双方に力を入れるようになります。
こうして、江戸の町には料理とお酒を楽しむための「居酒屋」が軒を連ねるようになったのです。
(※)人足(にんそく)…土木工事・荷役などの力仕事に従事する労働者

江戸の居酒屋に集う人々って?

『東海道 一 五十三次日本橋』

『東海道 一 五十三次日本橋』

出典:国立国会図書館デジタルコレクション
江戸の町は、男性の割合が8割近い、超男性社会。
当然居酒屋に集まる人たちも、男性が多かったようです。時代劇では侍がふらりと居酒屋を訪れるシーンや看板娘がそれを出迎えるようなシーンがありますが、こういったことは非常に稀。侍が利用するのは、料亭で藩の資金を使って、他藩の武士と情報交換を兼ねた食事をするのが常。さらに、大店(※1)の商人なども料理屋や妓楼(※2)で食事をすることはあっても、居酒屋には来なかったようです。
当時の居酒屋は、早朝から酒と料理を提供しており、町人のうち駕籠(かご)かき(※3)や棒手振り(※4)、お店者(奉公人)や職人、中間(※5)や小物(武家の奉公人)などが集っていました。こうした町人は気性が荒く、お店で喧嘩が起こるのもしばしば、こうしたことから居酒屋はほとんどの場合、男性のみで切り盛りされていました。なんとも華がない話ですが、今でも立ち飲み屋、角打ちの中にはそんな世界観が残っていますよね。

また、当時の居酒屋には机や椅子などもありませんでした。町人たちは空の樽に板を渡した簡素な腰掛けや床机(しょうぎ)と言われる長机に、半身になって腰をかけ片足だけあぐらをかくようにしてお酒を飲んでいたようです。
(※1)大店(おおだな)…大きな商家。大商店のこと。
(※2)妓楼(ぎろう)…遊女を置いて客を遊ばせる家。
(※3)駕籠かき(かごかき)…駕籠を担いで人を運ぶのを職業とする人。
(※4)棒手振り(ぼてふり)…魚などをかついて売り歩く人。
(※5)中間(ちゅうげん)…江戸時代、武士に仕えて雑務に従った者


江戸の人々はどんなお酒を飲んでいた?

『御殿山花見 見立花の宴』

『御殿山花見 見立花の宴』

出典:国立国会図書館デジタルコレクション
では、江戸の人々は居酒屋でどんなお酒を飲んでいたのでしょうか。
当時、人々の口に入るお酒は日本酒のみ。しかもほとんどの場合で燗酒を飲んでいました。江戸の人々が燗酒を飲んでいたのは、儒学や当時の健康指南書である「養生訓」の影響。
冷たい酒は体を壊すと信じられていたのです。
人々は「ちろり」と呼ばれる酒器にお酒を入れ、それを燗銅壺(かんどうこ)で湯煎して温めながら飲んでいました。
また、その頃は当然冷蔵庫などもありませんから、燗酒でなければ常温で飲むしかなく、これを「冷や(酒)」と呼びました。
当時つくられていた日本酒は、甘く濃厚でアルコール度も高い原酒でした。
こうしたお酒は問屋、中買いや小売の各所で加水(水を足すこと)され、最終的に居酒屋でも加水されて町の人々の口に入る頃には、5%ほどのアルコール濃度になっていたといいます。
こうして加水することを「玉割り」とよび、加水しても風味の落ちない酒を「玉のきく酒」と呼んでいたようです。

現在もお酒にはブランドやプレミアがつくように、江戸でも良い酒は高く売られていました。居酒屋で飲める上級のお酒の価格は一合24〜28文程度。これは現在の価格にすると450円ほど。反対に安い酒は一合4文程度ですので、80円くらいといったところです。
江戸っ子たちは、お酒を頼む時に銘柄ではなく「四文小半(しもんこなから)でくれ」といったように、一合あたりいくらの酒をどのくらい欲しいかとったような注文をしていたようです。ちなみに小半とは、2合半を指す言葉ですので、四文小半の酒といえば一合4文の安いお酒が、2合半出てくることになります。

作ってみよう!江戸の居酒屋再現レシピ

目の前に江戸前の海が広がり、全国から様々な食材が集まる江戸の町では、実に色々なものが食べられていました。江戸前とは、江戸の前海(東京湾)のこと。
当時の居酒屋の様子を描いた絵にも、店内で田楽を焼く風景や、軒先に吊るされたタコや鴨などの姿が描かれています。
江戸の居酒屋の様子を学んできたところで、ここからは実際に当時食べられていたレシピを再現していきましょう。もちろん、相性抜群の日本酒も一緒に紹介していきます。

甘辛味がクセになる江戸のファーストフード「田楽」

 (4975)

田楽は、豆腐やこんにゃく、ナスや里芋などを串に刺し、焼いて甘めの「田楽味噌」とともに食べる料理で、その手軽さから江戸では大人気を博していました。
居酒屋ではもちろん、街角の四文屋(しもんや)と言われる食べ物屋台でも盛んに売られていたようです。手始めは江戸の人々に敬意を評して、人肌に温めた日本酒を。上撰松竹梅のスッキリした味わいが甘めの田楽味噌とよく合います。

<材料(2人前)>
豆腐 半丁
こんにゃく 半丁
赤味噌 大さじ2
みりん 大さじ2
ごま・木の芽など 少々

<作り方>
1.豆腐は一口大に切り、軽く水を切っておく。
2.こんにゃくは一口大に切り下ゆでをして粗熱を取る。
3.みりんを火にかけて煮切り赤味噌と混ぜ合わせる。
4.豆腐とこんにゃくに串を刺し、オーブントースターや魚焼き用のグリルで軽く焦げ目がつくらいまで焼く。
5.焼きあがった豆腐とこんにゃくに、③の田楽味噌とお好みで、ゴマ・木の芽などを乗せて完成。

お酒とフグが醸す、旨味の相乗効果「フグのスッポン煮」

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現在ではフグは高級魚ですが、江戸時代は非常に庶民的な食べ物でした。しかし、当時は新鮮な魚を常に手に入れるのはなかなか難しかったようで、魚の臭みを消す料理方法も考えられました。
今回紹介する「スッポン煮」もそのひとつ。日本酒をたっぷりと使うことで、魚の臭みが消え、旨味いっぱいの汁物となります。江戸時代はショウサイフグをよく食べていたようですが、今回はマフグを使用。もちろん他の白身魚や鶏肉、贅沢するなら本家本元のスッポンで作っても美味しいですよ。フグの淡白な味わいを生かすのであれば、ぬる燗程度の日本酒が最適。きりりと澄んだ味わいの特撰松竹梅<大吟醸>磨き三割九分は、フグの旨味をしっかりと引き出します。江戸時代にはまだ生まれていなかった大吟醸、きっと当時の人々もこの味わいを知ったら、冷やでキュッと喉を鳴らして楽しんだはずです。

<材料(2人前)>
フグ 150g
豆腐 1/4丁
しめじ 20g
白ネギ 1/4本
料理酒(無塩のもの) 90cc
昆布だし 180cc
生姜汁 小さじ半分
塩 小さじ1

<作り方>
1.昆布を水に入れて火にかけ、煮立たせる前に出して昆布だしを作る。
2.フグを一口大に切り熱湯(分量外)にくぐらせて臭みを取る。
3.昆布だしと日本酒を合わせて鍋に入れ、弱火にかけ煮立たせてアルコールを飛ばす。
4.鍋にフグを入れ、15分ほど灰汁をすくいながら煮込む。
5.フグの入った鍋に豆腐としめじ、斜め切りにしたネギを入れ軽く煮立たせる。
6.具材に火が通ったら、生姜汁を足し、塩で味を整えたら出来上がり。

江戸庶民の二日酔い対策で愛された「きらず汁」

 (4981)

江戸時代は、汁ものでお酒を楽しむのが一般的でした。おからを入れた「きらず汁」もそんなお酒のお供として人気が高かった一品。「きらず」とはおからの別名で、寄席などでから(空席)という縁起の悪い言葉を使わないように言い換えたのがきっかけ。なんでも、きらず汁は二日酔いの特効薬的な効果があると信じられており、これを看板料理にする居酒屋もあったそう。居酒屋ではお酒に合うように、薄口に仕上げていたようですが、味噌仕立てのきらず汁も人気でした。おからのさっぱりした口当たりには、人肌程度に温めた日本酒がぴったりです。上撰松竹梅の上品な味わいが、とろりとしたおからをまとったごぼうや油揚げのしみじみとした滋味を引き立てます。

<材料(2人分)>
おから 30g
大根 20g
油揚げ 20g
こんにゃく 20g
ごぼう 20g
ねぎ 少々
かつお出汁 2カップ
薄口醤油 小さじ1
塩 少々
みりん 少々

<作り方>
1.おからはすり鉢であたり滑らかなペースト状にしておく。
2.大根はいちょう切り、ごぼうはささがき、油揚げは短冊切り、こんにゃくは手でちぎり下ゆでしておく。
3.鍋に出汁を入れてあたため、具材を入れごぼうが柔らかくなる程度まで煮込んだら、薄口醤油・塩・みりんで味をととのえる。
4.ネギを散らして完成。

今でも愛され続ける、江戸の名物料理「ねぎま鍋」

 (4984)

江戸時代には下魚(げざかな:安い魚)として見られていたマグロ。その理由は脂の多いトロなどの部位が江戸っ子の口に合わなかったのと、腐りやすかった点にあります。そのマグロを美味しく食べるために考案されたのが「ねぎま鍋」。江戸っ子の愛した濃口醤油と合わせ、さらに当時の居酒屋の人気調理法であった小鍋仕立てにすることで、広く愛されるようになりました。濃口醤油と濃厚なマグロの味わいと、熱めにつけた燗酒は最高の相性。熱々のマグロとカツオの出汁が、口の中でお酒と一緒になると、思わずハーっと大きな溜息が出る美味しさです。

<材料(2人前)>
マグロ 200g
長ネギ 2本
豆腐 1/4丁
みりん 大さじ1
醤油 大さじ2
料理酒(無塩のもの) 大さじ3
かつお出汁 1カップ

<作り方>
1.ネギは3cmほどの大きさに切り、トースターで軽く焼いて焦げ目をつける。
2.鍋に出汁を張り、醤油とみりんで味を整える。
3.出汁が煮立ったら、マグロとネギ、豆腐を入れ火が通ったら出来上がり。

江戸庶民の幸福を、現代のお酒で楽しむ贅沢

 (4987)

今回、料理と合わせた上撰や大吟醸といった日本酒は、江戸時代には大名や将軍でも口にできなかった高価なお酒でした。
また、現在では冷やで日本酒を楽しむのは一般的な飲み方ですが、江戸の人たちからしたらちょっとびっくりしてしまうような飲み方なのかもしれませんね。
日本酒造りの技術が今日のように発達しておらず、しかも素朴な料理とお酒しかなかった江戸時代でも人々は工夫を凝らし、毎日の食事を楽しんでいたと思われます。
もちろん私たちが暮らす現代もやがては過去になっていきます。将来、どんなお酒が登場するのか、またどんなお酒を楽しむスタイルが生まれてくるのか、楽しみにしながら、今日のお酒を楽しみましょう。


▽参考文献
・『江戸の居酒屋』 伊藤 善資(洋泉社)
・『幕末単身赴任 下級武士の食日記』 青木 直己(ちくま文庫)
・『居酒屋の誕生: 江戸の呑みだおれ文化』 飯野 亮一(ちくま学芸文庫)

▽画像出典
国立国会図書館デジタルコレクション

▽今回紹介したお酒はこちら
特撰松竹梅<大吟醸>磨き三割九分
上撰松竹梅

▽その他、江戸時代のお酒の楽しみ方の噺
燗酒とともに、ゆるやかな時間を楽しむ野遊びの噺
   

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