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祝い酒に欠かせない“酒樽”の噺

祝い酒に欠かせない“酒樽”の噺

お正月や結婚式、映画の完成披露や野球チームの優勝など、おめでたい席に欠かせないイベントといえば「鏡開き」。 木槌を振り下ろした時の小気味いい音と日本酒の香りが弾ける瞬間は、なんとも心浮き立つものです。 皆さんの中にも、この年明けに鏡開きの様子を見たり、実際に参加されたりした方も少なくないのではないでしょうか。 日常生活ではなかなか目にかけない酒樽ですが、祝いの席を華やかに盛り上げる大事な要素。 今回の酒噺は、この鏡開きに欠かせない“酒樽”のお話です。

“酒樽”の歴史は江戸の酒の歴史とともに


今回私たちは、明治33年の創業から酒樽を作り続けている「豊田製作所」の代表取締役・豊田洋一(とよた・よういち)さんに、今も手作業で作られる樽の歴史やその魅力を伺うべく、兵庫県明石市を訪問しました。


「鏡開きなどに使われる菰樽(こもだる)は、もともと運搬用の容器です。作られ始めたのは鎌倉時代から室町時代にかけてと言われていますが、発展したのは江戸初期頃でしょう。関ヶ原の合戦が終わった1610年代から酒が流通するようになったことをきっかけに上方の酒を江戸へ輸送するようになり、酒の輸送船・樽廻船(たるかいせん)に積み込む際、酒樽を保護するために菰(こも)が巻かれるようになりました。船での運搬中に樽同士がぶつかって酒が漏れたりしないよう“緩衝材”として藁や筵(むしろ)を巻いたのが始まりです」。

豊田さんはさらにこう続けます。

「この樽が、運搬用だけでなく一般にも普及し始めたのは、1600年代後半の元禄時代だと言われています。その頃は、江戸が酒の一大消費地となり、酒の専門問屋が現れた頃。江戸時代の酒樽の大きさは四斗樽(※)のみでした。それを馬にのせることができた数、二樽で一駄(だ)という単位になっていたほどです。やがて、使いやすい二斗樽や一斗樽が流通してきます。酒樽の歴史は日本酒の歴史ともリンクしているんですね」。

※一斗が約18リットル

製樽所で出合う、職人の見事な手さばき


樽の歴史を伺ったところで、豊田さんに連れられて製造の現場を見学することに。
製樽所の中には木の香りが漂い、その奥では職人さんが素早い手つきで樽を組み立てています。

「樽に使われるのは吉野杉です。抗菌作用があることに加え、香りがよく扱いやすいため、伝統的に用いられています。ちなみに、杉の中でも樽の側板(がわいた※)として切り取る箇所で名称が異なります。杉丸太を上から見た時、外側の白い部分は辺材(通称:白太材)、中心側の赤い部分は心材(通称:赤味材)。さらにこの辺材と心材の境界部分の板は甲付材(こうつきざい)と呼ばれています。

白太材部分は根から吸い上げた水分や養分を葉に送るとともに、葉が光合成して作り上げた物質を樹の隅々まで送るための輸送管の役割を果たしています。また、この部分は光合成によって出来上がったでんぷんも蓄えています。

樹の成長につれて白太材は次第に赤味材へ変わっていきます。この時に貯蔵していたデンプンなどが変化することで、赤味が付いたり、木の香りが強くなったり、また強度や水密性能が上がっていくのです。この耐水性が高くなった赤味材は、常時酒と接している樽の底材や側板に用いられます。

反対に水分を通し栄養素を貯めるという役割をもつ白太材は、その性質から、短期間接するだけの蓋材となることが多いですね。

またその両方の性質を持つ甲付材の場合は、お酒と接する内側に赤味材、接しない外側に白太材が来るように使用します」(豊田さん)。

※側板(がわいた):樽の側面の板。樽丸(たるまる)や榑(くれ)とも称される。

この杉材の側板と箍(たが)となる細く割った竹を使い、樽の形を整えていきます。四斗樽の場合、一人の職人が樽を作り上げるまでにおよそ40分。
これがほとんど手作業で行われるのですから、なんとも贅沢な話です。


まずは金属の枠を用いて、側板を樽の形に合わせていきます。
実は、この側板は幅が全てバラバラ。あえて統一したサイズにしないのは、一本の原木を無駄にせず有効活用するための先人の知恵だそう。

職人さんは山のように積まれた側板の中から、慣れた手つきでぴったりと形が合うものを2~30枚選んでいきます。


側板を組み終えたら、銑(せん)と呼ばれる特殊な鉋(かんな)で側板の表面を滑らかにしていきます。


樽の表面を滑らかに整えたら、1本目の箍(たが)を樽に合わせて巻いていきます。
細く割った竹を、30秒ほどでくるくると輪にしていく職人さん。これもまた熟練の技です。


巻いた箍(たが)をしっかりと締めるため、専用の機械でプレスします。
もともとはこの作業も人の手で行なっていたそうですが、強い力で箍を締めるこの工程が機械でできることで、樽づくりの時間や労力は大きく削減されたと言います。


箍(たが)を締め終えたら、樽の内部を鉋(かんな)がけ。
この工程をおろそかにすると酒が漏れる原因となるため、特に注意深く表面を整えていきます。


箍(たが)がはめられ、樽の内外が綺麗に整ったら、底の取り付け。
タテボウと呼ばれる道具で細かに叩きながら底をはめ込みます。このタテボウには、深さを示す目盛りが振ってあるため、樽の深さを正確に定めることができます。


そして蓋をはめ込みます。
この蓋は“鏡”とも呼ばれ、鏡開きの名称はこの呼称から由来しているとも言われています。
鏡開きは「鏡」を開くことにより「運」を開くという意味が込められているため縁起が良く、“よろこび”の場面にふさわしい演出と言えます。
昔から正月や結婚式などの祝いの場で鏡開きをしてきたのには、そんな縁起によるところもあるようです。

また、蓋に使用している木材は先述の白太材です。
あらかじめ分割されている木材を竹の釘でつなぎ合わせてから、丸い形に加工されているので、木槌を振り落とした時、蓋が綺麗に割れるようになるのです。


さらに箍(たが)を増やしていきます。四斗樽・二斗樽ならば7本、一斗樽の場合は6本の箍が用いられます。


最後に、独特な形状の鉋(かんな)で、側板の長さを揃えます。


樽が組み上がったら、次は仕上げの漏れ検査です。

樽の中にわずかな水を入れた後、圧縮した空気を樽に入れます。
わずかな隙間が空いていれば、圧縮された空気に水が押し出され、噴水のように飛び出るのですが、この日は樽からひとしずくの水も漏れてきませんでした。
釘も接着剤もなく、ぴっちりと材料を組み合わせる技術に感動です。


こうして出来上がった樽は、各地の酒造メーカーに出荷されます。
写真のように、それぞれの酒造メーカーで酒樽にお酒を入れてから、ひとつひとつ手作業で、丁寧に菰(こも)を巻き、お客さまの元へと運ばれていきます。

風味が変化しやすく繊細な“樽酒”


日本酒が流通し始めた頃、樽廻船などで長時間の移動をするとお酒に木香がつきすぎるので、高級酒には木香がつきにくい甲付樽(こうつきだる)が使用されたそう。
現在では、樽の中にお酒を長時間入れておくことはないそうです。

「理由は“香り”ですね。杉の樽に入れた酒は杉の香りが移ります。少量であればこれがとても良い風味になるのですが、長時間となると現代の私たちの口にはちょっと合わなくなってしまいます。鏡開きの樽に日本酒を入れて出荷するのは、使用する前に入れることが多いんですよ」(豊田さん)。


お祝い事の際に使われる、職人の手仕事が凝らされた樽に入った日本酒。
そう聞くと、私たちは「樽の日本酒はかなり特殊な、ハレの場でなければ使わないのでは?」と感じますが、実はそうでもないのです。

皆さんは居酒屋などで「樽酒入荷しました」と書かれた短冊やチラシを見たことはありませんか?

この樽酒は、出来上がったお酒を数日間、杉樽で寝かせて、香りを移したもの。
口に含むと、ほんのりと杉の香りがして、なんとも気分がいいものです。
鏡開きを自分で行うのはなかなか難しいものですが、何かちょっといいことがあった日は、行きつけの居酒屋さんで“樽酒”を頼んでみてはいかがでしょうか。
職人が丹精込めて作った樽から滲み出たほのかに甘い杉の香りが、きっと酒の席を特別なものにしてくれるはずです。


<取材協力>
株式会社 豊田製樽所(兵庫県明石市)


お酒を運ぶ容器のあとは、お酒を呑む酒器の噺はいかがでしょうか。

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