食い倒れの街、大阪。無数に点在する街の飲食店を支えているのが、大阪ミナミにある千日前道具屋筋商店街です。150mほどのアーケードに業務用の調理器具や什器を扱う店舗が並ぶ様は壮観。現在では、海外観光客の観光名所としても人気を集めています。
お邪魔したのは明治時代から千日前で商いを続けている千田硝子食器(せんだがらすしょっき)さん。
創業時の千日前には歌舞伎と浄瑠璃に携わる人々の住む街で、興行用の小屋が準備されることもあり,芝居小屋で使われる古着や古道具、雑器などを扱う店が並んでいました。これが現在の千日前道具屋筋商店街の発祥。千田硝子食器は、この頃から商いを続け、後に薬瓶などのガラス製品を手がけるようになったことをきっかけに、外食産業が普及した1970年頃から洋食器や厨房機器、食器や酒器を扱うようになった、道具屋筋の中でも老舗中の老舗です。
今回、社長の千田忠司(せんだ・ただし)さんに、酒器選びのコツを伺いました。
「私たちにとって、器は商売道具なので、必要とされる用途に合わせておすすめするものです。だから個人として“こだわって愛用する”ということはないんですよ」と千田さん。「業務用の酒器は扱いやすさや見た目などが考慮されますから、お酒を楽しむのにそれがベストというわけでもないんです。ではどうしたら良いか。一番いいのは“形”から入ってみることでしょうか。実際に、お酒の味は酒器で大きく変わるということはありません。ただし、自分の好きな形や口に当てた時に“良い感触だな”と思えるものは、お酒を飲む時間を、ずっと楽しいものにしてくれます」。
「数百円のぐい飲みひとつとってもそうです。私は、ちびちび飲むよりもぐいっとあおりたいので、ぐい飲みはできるだけ大きいもの、大ぶりな利き猪口くらいのサイズで、土物(つちもの)・厚手のものが好きですね。ただお酒と唇の間に、陶器の感触を感じたくないという方であれば、薄手で端がなめらかになっている磁器のものがいいかもしれません。大事なのは、手にとりながら自分好みのものを探すこと。道具屋筋にはそれこそ無数の酒器がありますから、宝探しのような感覚で探してみてはいかがでしょうか。アドバイスするとすれば、日本酒を楽しむ場合、お燗の温度やお酒の種類によって酒器の材質を考慮する必要があります。まずはうちであつかう商品で説明させていただきましょう」。
「熱燗の場合は、陶器や磁器の器がおすすめです。ぐい飲みも厚手のもので、盃のように広がっていないものだとお酒が冷めにくく、また口に入れた時にぐい飲みの厚さがクッションになってくれるので、熱すぎてびっくりするなんてことも少なくなります。反対に、錫器などは熱伝導率が高く、持ち手まで熱くなってしまいますから、熱すぎるお酒ではおすすめできません」。
「ぬる燗は、陶器や磁器に加え金属器なども向いています。先ほどお話しした錫器もいいですね。ただし錫器を用いる場合は、事前にアルミの酒タンポなどでお酒を温めてから器に移してください。また、飲むための器も口当たりのいい薄手のものを使われてもいいかもしれませんね。ぬる燗程度の温度であれば、ガラスの酒器でも持つ手が熱くなりすぎませんのでおすすめです」。
「冷酒の場合は、どのような酒器でもお使いいただけますが、近年は日本酒も吟醸・大吟醸と香りの良いものがたくさんありますので、それに合わせて器も選んであげるといいでしょう。吟醸杯のように脚付きで飲み口が広がっているものであれば香りを十分に楽しめます。また、ワイングラスなどで楽しむという方もいます」。
「ちょっと手軽に燗酒を電子レンジなどで作る場合は、耐熱ガラスを用いた酒器を選んでみてはいかがでしょうか。ガラスの涼やかな見た目は、冷酒にもぴったりですので使い勝手は抜群。実をいうと、耐熱ガラスでなくとも燗酒を作ることはできるのですが、温めたガラスに水を入れたり、冷えたガラスに熱いお酒を入れるなど、急激な温度変化が起こると破損することがあるので、簡便に使いたいという場合は耐熱ガラスを選んでおけば間違いはないでしょう」。
「お酒は舌だけで味わうのものではありません。その香り、酒器の色合いや形、触感、もっと言えばお酒を飲むシチュエーションを楽しむものです。
その一端として、皆さんが“この器が好きだな”というものに出合う、そのお手伝いをすることが私たちの役目です。千田硝子食器では、数々の業務用酒器に加え海外からの観光客に向けた和柄の酒器、またサンドブラストでグラスに柄を彫り込んでいく体験教室など、皆さんが自分好みの器と出会うためのさまざまな取り組みを展開しています。
千日前道具屋筋商店街全体でも、もっと多くのお客さんが食器や調理器具に親しんでいただけるよう創意工夫ある取り組み・イベントを行っています。お酒好きな皆さんに気に入っていただけるイベントも準備していますので、ぜひ千日前道具屋筋で、理想の酒器を探してくださいね」と、千田さんは酒器を手に熱心に語ります。
“気分から入る、形から入る”そんなお酒の楽しみ方も案外悪くないのかもしれません。
この秋は日本酒とともに、日本酒を味わう雰囲気づくりもしてみませんか?
もしかしたら、今まで気づかなかった、お酒の美味しさ・楽しさの発見があるかもしれませんよ。
千田硝子食器
営業時間:平日:9:00〜18:30土日祝:10:00〜18:00
定休日:お盆・年末年始
住所:大阪府大阪市中央区難波千日前8番21号
※取材データは2019年9月時点
記事に登場する大阪錫器の噺もどうぞ
酒の味を丸くする?錫器の噺
https://sakabanashi.takarashuzo.co.jp/cat4/OTfc1