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【東京・大衆酒場の名店】四ツ木「ゑびす」で、自家製ロックアイスのお茶割りを味わう噺

【東京・大衆酒場の名店】四ツ木「ゑびす」で、自家製ロックアイスのお茶割りを味わう噺

東京にある大衆酒場の名店を巡る企画の第5回。今回は、葛飾区の四ツ木駅近くにある「ゑびす(えびす)」を訪れ、その魅力を探っていきます。

大衆酒場は、その安さとウマさ、昔ながらの温かい雰囲気で、酒飲みの心をひきつけてやみません。なかでも東京では下町を中心に、根強い人気を誇る大衆酒場の名店が数多く存在します。そんな名店を巡り、お店の魅力と東京ならではの酒文化を深掘りしていくのが本連載。立石「宇ち多゛(うちだ)」篠崎「大林」京成曳舟「三祐酒場(さんゆうさかば) 八広(やひろ)店」八広「亀屋」に続く第5回は、四ツ木の「ゑびす」にお邪魔します。

歴史ある四ツ木の名店「ゑびす」を2人のナビゲーターがガイド

京成押上線「四ツ木駅」から徒歩約5分の場所にあるのが、今回訪れる「ゑびす」です。創業は昭和26(1951)年。その後平成26(2014)年に、区画整理によって現在の地へ移転しました。歴史ある「ゑびす」を案内するナビゲーターは、下町大衆酒場に詳しい藤原法仁(のりひと)さん。同店には移転前から足しげく通っています。生徒役は、大衆酒場に興味津々のタレント・中村 優さんです。

大衆酒場にまつわる著書を数多く上梓している藤原法仁さん(左)。中村 優さん(右)はタレントおよびマラソンランナーとして活躍しています
中村 藤原さん、今回もよろしくお願いします!

藤原 実は、今日は助っ人というか、私の飲み仲間を呼んでいるんです。私にはない知識を持っているから、今後の「大衆酒場の名店」のナビゲーターとして推薦しようと思って。お、来た来た。

長谷川 藤原さん、お久しぶりです! 中村さん、初めまして!

藤原 長谷川さんはすごいよ。旅関連の雑誌を手掛けているから全国の酒場に詳しいし。

中村 長谷川さん、よろしくお願いします! 「ゑびす」には何度も来ていらっしゃるんですか?

藤原 来ているどころの話じゃないよね。長谷川さんは一時期、ここが好きすぎて四ツ木に住んでたぐらいですから。

中村 え! 「ゑびす」に来るために住んでたんですか。それはスゴイ!

藤原 あと、彼は「カウンター」に関してはだれよりも詳しいんじゃないかな。

中村 「カウンター」……ですか?

長谷川 はい、酒場のカウンター席のことですね。僕は基本的にひとり飲みが好きなので、カウンターの有無は重要なんです。そのうち自然とハマッちゃって、研究するようになったんですよ。それについては、のちほどお話ししますね。

自家製ロックアイスをアイスピックで砕いて提供

中村 では、さっそくお二人に伺いたいんですが、この「ゑびす」の魅力って何ですか?

長谷川 まず、この品数に驚きますよね。何を頼めばいいか迷うほどで、ワクワクしませんか? それに味の良さも感動的で、僕は特に魚のおいしさに魅了されたんです。もちろん、お酒にもすごくこだわっていらっしゃいますし。

藤原 そう、「おいしいお酒を飲ませたい」という気持ちが伝わってきますよね。僕がまず「ゑびす」で伝えたいのはそこなんです。なんといっても注目は、氷。自家製のロックアイスで提供しているんですよ。

中村 え! ロックアイスが自家製? お店で氷を作っているんですか?

藤原 そう。製氷機で作った手のひらサイズの氷を、わざわざアイスピックで砕いて使っているんです。

中村 ほんとだ! この氷、大きくてゴツゴツしていますね。

長谷川 見た目にも特別感があって、おいしそうですよね。

大きな氷が作れる製氷機。頻繁に開閉すると温度変化が氷のおいしさに影響するので、ある程度の量を適宜クーラーボックスへ移して使います

手のひらサイズの大きな氷を、アイスピックで砕いてグラスへ
藤原 では、この氷を使ったドリンクで乾杯しましょう。まずは下町定番の焼酎ハイボールで!

中村 通称「ボール」ですね。待ってました!

「焼酎ハイボール」(400円 ※表記価格はすべて税込・以下同)

全員 では……カンパ~イ!

中村 あー、このボールもいいキックが入っていて(炭酸がよく効いているという意味)、おいしいですね~!

藤原 お。キックの使い方、慣れてきましたね~。

中村 はい、おかげさまで! でも、氷が大きいと何がいいんですか?

藤原 ソーダ割りのような爽快感が魅力のお酒は、冷えているのが絶対条件。ぬるい炭酸って、ウマくないでしょ? だから、冷たさをキープするために氷を入れるんですが、氷が大きいと溶けにくいので、味が薄くならないというメリットがあるんです。あ、店主の石田さんが来てくださいましたね。

中村 石田さん、今日はよろしくお願いします! 自家製のロックアイスを使っている理由は、やっぱりおいしさのためですか?

「ゑびす」の石田健一店主
石田店主 そうですね。おいしさのためにはサイズが大事です。市場が豊洲に移転するまでは、築地で氷を買っていて、多いときは数日ぶんを一度に45kgサイズで買い、それを小さく切り出してもらっていました。店に戻ったらそれを割って専用の冷蔵庫に移し、オーダーごとにアイスピックで砕いていたんです。ただ、豊洲移転でひいきにしていた氷店が廃業してしまったんですよ。

中村 なるほど、だから氷を自家製にするしかなかったんですね。

石田店主 ただ、普通の製氷機では氷が小さいぶん、すぐに溶けてしまうので、その酒の味に納得できなくて。理想的なサイズにするには、大きい氷を作って砕くしかなかったんです。だから、いまの製氷機を買って、以前のようにアイスピックで砕いています。手間はかかりますけど、こうしたほうがおいしいので。

長谷川 おいしく飲んでもらいたい一心で、ということですね。これは本当にすごいことです。

名門「ゑびす」のれん会のルーツが明らかに

中村 お酒もおつまみも、ただものじゃないことがわかりました。お店の成り立ちも気になりますね!

長谷川 そのあたりも石田店主に聞いてみましょう。確か、ご主人は二代目でしたっけ?

石田店主 はい。私は二代目で、父が創業したのが昭和26年。ルーツは父のお兄さんにあります。その(私にとっての)伯父が有名なホテルの元料理人で、独立後に錦糸町北部の太平町で、父と一緒に「錦糸バー」という居酒屋を営んでいました。まだ「ゑびす」ができるより昔、戦前の話です。

藤原 わぁ初耳だ! この話は貴重ですよ。

石田店主 ほかに蔵前の厩橋(うまやばし)や大塚にも、同じような酒場を出店していたそうで。でも太平洋戦争で父は出征しまして、無事に帰ってきたはいいものの、空襲で店はすべて焼けちゃったんです。やがて父は母と結婚し、なんとか仕事の再起を図ったんですけど、戦後すぐはお酒の取り締まりが厳しかったので、ひとまずは伯父と向島で甘味店を始めたんです。

中村 では、その向島の甘味店が「ゑびす」の1号店ですか?

石田店主 いえ、お酒が正規で流通し始めるのを待って、兄弟それぞれが独立して飲み屋を新規出店したんです。昭和26年、父が四ツ木に土地を見つけて開業したのが、移転前の「ゑびす」です。伯父は伯父で「ゑびす」を向島に、僕のいとこにあたる伯父の息子さんは金町で「ゑびす」を開業。ほかに新小岩や大島など、親戚を中心に一時期は8軒の「ゑびす」がありました(※)。
※現在は四ツ木と大島店が営業中

長谷川 へえ、これで「ゑびす」のれん会(※)のルーツが明らかになりましたね!

藤原 「ゑびす」といえば、下町大衆酒場ののれん会のなかでは五本の指に入るほどの名門。それだけに、貴重なお話ですね。
※のれん会……のれん分けした店のグループのこと。共同組合のような性質を持つこともあります

中村 ちなみに、「ゑびす」という名前の由来はどこから来ているんですか?

石田店主 それは父が出征したときに戦友から、いつも笑顔だから「ゑびす」というあだ名をつけられたそうです。それが店名になったと聞いています。

中村 へえ、それは面白いです! いまは、おいしいお料理とお酒でお客さんを笑顔にしている、というわけですね(笑)。

お茶割りにはコクが豊かな宝焼酎「純」を使用

藤原 そろそろ、おかわりとおつまみも注文しましょうか。2杯目は「玉露お茶ハイ」でどうでしょう。焼酎ハイボールとはベースの焼酎が違っていて、これがまたおいしいんです。

中村 焼酎が違う? 何を使っているんですか?

石田店主 宝焼酎「純」です。「純」はちょっと高いんですけど、コクが豊かなのに、玉露の風味を邪魔せずマッチするのがいいんですよ。

中村 うわあ、色味からしてキレイでおいしそう! いただきます!

「玉露お茶ハイ」(550円)
長谷川 うん、お茶(玉露)にも焼酎にもこだわる安定の味。癒されるおいしさですね~。

中村 緑茶の爽やかさのなかに、焼酎のまろやかさが感じられてすごくおいしいです!

藤原 炭酸とはまた違った魅力がありますよね。あと、お茶割りは、合わせる料理を選ばないのも魅力。例えば、レモンサワーは鶏の唐揚げなど、ジューシーでオイリーなものと相性が抜群ですけど、個人的には、白身魚の刺身や湯豆腐といった繊細な和食にはレモンの酸味が合わない気がします。そこで最適なのが、お茶の滋味深く爽やかな苦みなんです。

長谷川 確かに、「ゑびす」みたいに魚料理が充実している店には、お茶割りがあるとうれしいですよね。天ぷらにもお茶割りはすごく合いますし。

藤原 お、ちょうどさっき注文した天ぷらが来ましたね。いただきましょう!

驚愕のコスパと江戸前の魚が充実しているのが魅力

「天ぷら 盛合」(650円)
中村 えっ、650円でこんなにたくさん! しかも魚は全部種類が違いますよね。

石田店主 ありがとうございます。魚はあじ、穴子、いわし、きす、こち、はぜ。年中仕入れられるようにしてあります。

藤原 6種類の魚になす、かぼちゃが入ってこのお値段! この「天ぷら 盛合」は必食ですよ!

中村 衣はサクサクで中はふわっふわ! そして「玉露お茶ハイ」がドンピシャだから、すごく進みます。これは幸せ!

藤原 ここはお肉も秀逸ですよ。この「カシラ焼」やホルモンも多彩に揃っていてコスパも抜群。串ではなく皿盛りになっているから、数人でつまむにはもってこいです。

「カシラ焼」(300円)
中村 しっかりした肉質で、弾力があります。塩でうまみが引き立てられていて、「玉露お茶ハイ」ともよく合いますね!

長谷川 このボリュームで300円ですからね! 「ゑびす」は安すぎて値段を見るのが逆に怖いというか、本当に頭が下がります。

こちらは知る人ぞ知る逸品「新香のふる漬」(350円)。初代から受け継いだ伝統のぬか床で漬け、しょうが、にんにく、醤油などで味付け。持ち帰る常連客も多いとのこと
藤原 そして、お待ちかねの刺身。毎朝市場で仕入れているので、全国の新鮮な魚介類が食べられるんです。今日は「ゑびす」で人気が高いかつおを頼んでみました。

「宮城産 カツオ刺身」(600円)
石田店主 昨日のかつおは勝浦産だったんですけど、今日は宮城産。市場は足立と豊洲の両方を回って仕入れています。築地から移って少し遠くなりましたが、やっぱり豊洲にも行ったほうが、いいネタを仕入れられますから。

中村 うん、かつおは脂が乗っていて、身が分厚くカットされているから食べごたえも満点です! これは職人の目利きと包丁の技がなせるおいしさですね。

藤原 あと、「ゑびす」では汁物も充実しているんですよ。汁物といえば「シメ」を連想しますが、実は汁物で酒を飲む文化もあるんです。例えば日本の土瓶蒸しや韓国チゲ、ブイヤーベースなどが良い例。今回頼んだ汁物(豚汁、どじょう汁、つみれ汁をチョイス)は、シメにもつまみにもなるんです。中村さんはどれにします?

左下から時計回りで「とん汁」(250円)、「つみれ汁」(350円)、「どぜう汁」(450円)
中村 じゃあ私は豚汁をいただきます! ……うわぁ、ダシも味噌もしっかりめの味で具だくさん。満足度が高くて、ほっこりする味です。でも、どじょう汁もあるなんて、江戸前らしくて素敵ですね!

長谷川 どじょうは意外にあっさりしていておいしいですよ。石田さん、どじょうは生きたまま仕入れていらっしゃるんですよね?

石田店主 はい。唐揚げや柳川鍋など、注文が入るたびにザルですくってしめています。

中村 わー! ピチピチしていて、活きがいい!

藤原 このどじょうもそうですけど、はぜやこちなど、東京ならではの魚が充実しているのも「ゑびす」の魅力。だから地方の知人を下町酒場に案内するなら、僕は真っ先にここを挙げますね。

大衆酒場のカウンターは劇場である

中村 そうだ、先ほど話が出たカウンターのことを長谷川さんに聞きたかったんです。「ゑびす」はどんな特徴があるんですか?

長谷川 お、いい質問来ましたね~。カウンターは店によって形に違いがあって、ここは「L字」。といっても短辺がとても短いL字なのでほぼ「直線」ですね。重要なのが、奥行きです。建築業界では一般的に、縦幅50~65cmが店も客も快適なサイズとされています。(メジャーを取り出して測り始める)……ここは約45cmですけど、奥の段差が10cmぐらい伸びているからちょうどイイですね。

中村 えっ、メジャーを持ち歩いているんですか!

藤原 出た! さすがカウンターマニアの長谷川さん!

カウンターの内側の段差には、店員さんが下げた皿やドリンクの杯数をカウントしてチョークで記入。会計時に役立ちます
長谷川 カウンターの魅力は、長さや形状によって店の人の動きがまったく違うところ。あとは、ひとり飲みに最適というところですね。お品書きや、ほかのお客さんを見ていればひとりでも十分に楽しめます。それぞれの人間模様が垣間見られるから、酒場のカウンターは劇場と同じなんですよ。

中村 なるほど! カウンターの魅力、もっと知りたくなってきました。ぜひ今度、おすすめのお店に連れて行ってください!

長谷川 もちろんです。では、とっておきのお店を考えておきますね。

中村 やったー!

おいしいお酒とおつまみで、すっかり“ゑびす顔”になった今回の噺。次回からは、長谷川和之さんをガイドとして、個性的なカウンターがある名店を巡っていきます!

<取材協力>

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