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【兵庫・達人と巡る角打ち】神戸東川崎・石井商店の噺

【兵庫・達人と巡る角打ち】神戸東川崎・石井商店の噺

2022,7,8 更新

酒販店の片隅でさっとお酒をいただく「角打ち」。地元の人が愛する、地域の角打ち店の魅力を達人・芝田真督(しばた・まこと)さんと探索していくシリーズ。
今回は、神戸市のハーバーランドからすぐの場所にある角打ち・石井商店に訪れました。

緊急事態宣言やまん延防止等重点措置も解除され、少しずつ酒場にも活気が戻ってきました。それに伴い、仕事終わりに、一杯行きつけの居酒屋・角打ちでひっかけて家に帰るという、かつてのルーティンが復活したという方も多いのではないでしょうか。
さて、今回の酒噺は久しぶりに、角打ちの達人・芝田真督(しばた・まこと)さんを迎えて巡る「兵庫の角打ちシリーズ」です。
第4回目の今回は、神戸市のハーバーランドすぐそばにある角打ち。そこには、「仕事終わりの一杯」を何より楽しむ人々の懐かしい景色が広がっていました。

芝田真督さん

日本ペンクラブ会員。神戸の下町に古くからある大衆酒場や大衆食堂、純喫茶などの魅力を伝える文筆家。
著書『神戸ぶらり下町グルメ」『神戸立ち呑み八十八カ所巡礼」『神戸懐かしの純喫茶』(以上神戸新聞総合出版センター)のほか、『兵庫下町まちあるき(兵庫図書館)」『純喫茶で学ぶ食のルポルタージュ( KAVC )」『下町グルメのススメ(下町芸術大学)』などの案内役など精力的に活動する。
現在、サンテレビWebサイトにてコラム「神戸角打ち巡礼(https://sun-tv.co.jp/column/kakuuchi)」 を連載中。

【書籍】「神戸角打ち巡礼」(https://sun-tv.co.jp/column/kakuuchi
【Webサイト】 http://msibata.org/
【神戸立ち呑み巡礼】 http://msibata.org/tachinomi/
【ブログ】 https://ameblo.jp/msibata/

大正時代から3代続く伝統ある角打ち

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到着したのはJR神戸駅。
「ここは、明治から続く造船会社の企業城下町なんです。こうした企業城下町には働き手が多く集まりますので必然として、工場と駅や住宅街の間には、彼らが立ち寄る商店や飲食店が発展するわけです」と芝田さんのお話を聞きながら歩くこと5分。
あっという間に今日の目的地、石井商店に到着しました。
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お店に入ってまず目に止まるのは「潜水艦」の写真です。
「ここは造船会社の社員さんが多いから、たまに造船所でつくられた潜水艦の写真をいただくんですよ」と答えてくれたのは店主の石井康裕(いしい・やすひろ)さん。
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「この店は大正時代、私の祖父の時代に創業されたもので、もともとは酒屋と米屋を併設していました。第二次世界大戦の際に、国策によって一時的に酒屋の看板はおろしていたのですが、昭和30年代になって酒屋を再開しました。角打ちの営業をはじめたのもこの頃です。私はこの店の3代目、現在は妻と私の母がともにカウンターの中に立って接客をしていますよ」。

昭和時代の客単価は300円以内!?粋な往年の角打ち客

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店内のホワイトボードや短冊にはお酒とおつまみのメニューがずらり。
それを見回して芝田さんは「石井商店さんの魅力は、メニューが多くてしかもどれもが安くて美味しくて、提供が早いんです。何を頼んでも5分もしないうちに出てくる。以前私が一人で訪れた時も、常連さんと一緒に“ここは料理が早くてうまいな”と頷き合いました」と感慨深そうに話します。
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「それは昔の名残なんですよ」と石井さん。

「私がまだ若かった頃ですから、日本の高度経済成長期の時代ですね。この頃の店は本当に忙しかったし、お客さんのお酒の飲み方も今とは全く違いました。当時から角打ちをしていましたが、今のように料理を出すわけではなく、もっぱら乾き物(あられや柿の種・ナッツなどのお菓子)を提供していました。その頃のお客さんは、立ち飲みのカウンターに立って、お酒を冷蔵ケースから出したら、乾き物と一緒にぐいっと煽って、さっと出ていくんです。当時の客単価は300円ほどで、滞在時間は5分。粋な飲み方ですよね。それが、1日に200〜300人も来るんですから、店としても待たせちゃいけないと思って接客していたんです。その後、バブルが弾けると、お客さんの飲み方もゆったりとしたものになって、来店数も以前ほどではなくなりました。そこでできた余裕で料理を始めたのですが、頭のどこかには、あのさっと出ていくお客さんの姿があるんでしょうね。やっぱり“待たせちゃいけないな”と思ってしまうんです」。

お酒によく合う家庭料理の数々

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お店のお話を伺いながら、お店のお料理とお酒をいただいていきます。
芝田さんのお話の通り、どのメニューもさっと出てきます。
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まずいただいたのはたこ焼き。とろりとした柔らかめのたこ焼きで、なんとも素朴な味わい。

芝田さん「私が初めてお店に来た時に頼んだのがたこ焼きですね。さっと出てきてうまいんです。ソースが甘辛くて、焼酎ハイボールにもよく合いますよ」。

石井さん「たこ焼きは長年の人気メニューですね。これはお客さんからアレンジのご要望もあって、今はこのたこ焼きにチーズをかけた“ピザ風たこ焼き”も登場しています。店では、さっと出せるように、あらかじめ下ごしらえしたり温めるだけで出せるようなものが多いので、常連さんのちょっと変わったオーダーにも応じやすいんです。その結果新しい名物ができたら嬉しいですね」。

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酒噺メンバーがホワイトボードを見て、思わず“懐かしい!”と声を出したのが、マルシンハンバーグ。少し前まではお弁当のおかずのハンバーグといえばこれでした。
両面をこんがりと焼いて、ソース・ケチャップ・マヨネーズを添えて提供していただきました。大人になった今、ソースやマヨネーズをたっぷりつけてマルシンハンバーグをお酒と一緒にいただくと、懐かしいような、ちょっと後ろめたいような不思議な気持ちにさせられます。

石井さん「これもお客さんの要望でメニュー化したもの。チーズを乗せたトッピングなどのオーダーにも対応していますよ!」

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“石井商店一番の名物メニュー”として、多くの常連さんから名前が上がるのが“コンビーフの炒り卵”。コンビーフの香りと、ふわふわの卵。シンプルな食材ながら、火の通し方が絶妙です。焼酎ハイボールにも、焼酎ロックにもよし、意外にも日本酒とも好相性です。

芝田さん「神戸の角打ちには、こういうちょっとハイカラなものがあるのがいいですね。他にも、ホワイトアスパラガスなんかがメニューに並ぶこともあるんです」。

石井さん「これは、私の母が昔から作ってくれた自慢のメニューです。子供の頃から食卓によくでていましたからね。私も母も、体が作り方を覚えているんです」。

こう話す石井さんの後ろ、カウンターに立つ石井さんのお母様が、にっこりと微笑んでいました。

コロナ禍を経て新たに芽生える酒場の絆

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「コロナの時期は本当にお客様の来店が減り、寂しい思いでした」と石井さん。

「緊急事態宣言やまん延防止等重点措置など、如何ともしがたい状況ではありましたが、やはり常連さんの近況を聞いたり、新しく若い社員を連れてきて、楽しげに飲むあの活気が感じられなかったのは寂しいものでした。今はやっと状況が落ち着いてきて、お客さんが戻ってきたのですが、それでもやっぱり“家で飲む”習慣ができてしまったという方もいらっしゃるようです。ただ、最近ではSNSやネットの情報を見て、この店を見つけてくれる方も増えてきています。これから常連さんや新しいお客さんがつくる新しい酒場の絆が生まれていくといいですね」。

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芝田さんも「酒場でしか話せない大事な話ってありますからね。先輩社員や上司が、後輩や部下を誘い、顔を合わせながら四方山話に興じて笑い合ったり、会社での人間関係を肴にしたり。角打ちは、居酒屋や小料理屋ほど構えずに、リラックスして話せますから、こうしたお酒のコミュニケーションも生まれやすいですね。これからも、ぜひ神戸に角打ちの火を灯し続けてほしいです」。
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話を聞くうちに、夏の宵闇が静かに迫ってきました。
入り口のガラス戸を開けて、「よっ」と声をかける常連さんが次々と入ってきました。既にお店にいるお客さんと、石井さんがそれに笑顔で答えると、わずかな時間で話に花が咲いていきます。

神戸の企業城下町にある角打ちで、お酒好きな人々の和やかな会話が再び芽吹き始めていました。


【取材協力】
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石井酒店
住所:兵庫県神戸市中央区東川崎町5丁目3−4
営業時間:17:00~22:00・土日休


▽記事で紹介したお酒はこちら
タカラ「焼酎ハイボール」

▽達人・芝田さんと巡る兵庫の角打ち
<第1回> 垂水・フジワラ酒店
<第2回> 神戸西元町・須方酒店
<第3回> 苅藻・飯田酒店
   

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