酒噺 ~もっとお酒が楽しくなる情報サイト~

溢れる酒愛、地元愛。「角打ちの日」の噺

溢れる酒愛、地元愛。「角打ちの日」の噺

7月11日は「角打ちの日」。酒販店の片隅でさっとお酒をいただく「角打ち」を愛する、達人・芝田真督(しばた・まこと)さんと探索していくシリーズの特別回です。

7月11日は「角打ちの日」。
「角」という文字が7月11日で構成されていることにちなんで、角打ちの愛好家団体である「神戸角打ち学会」が制定、提唱しています。
酒噺では、これまでいくつかの角打ちのお店を紹介してきました。
今回は【達人と巡る兵庫の角打ち】シリーズで、地域の角打ちをご案内いただいた、角打ちの達人・芝田真督(しばた・まこと)さんにお話を伺いながら、改めて角打ちの作法や楽しみ方を解説します。

これまで角打ちに通い慣れた方も、まだ角打ちに行ったことがないという方も、「なるほど」と膝を打ち、地元の酒屋に入ってみたくなる奥深い角打ちの世界をご案内します。

芝田真督さんプロフィール

日本ペンクラブ会員。神戸の下町に古くからある大衆酒場や大衆食堂、純喫茶などの魅力を伝える文筆家。
著書『神戸ぶらり下町グルメ」『神戸立ち呑み八十八カ所巡礼」『神戸懐かしの純喫茶』(以上神戸新聞総合出版センター)のほか、『兵庫下町まちあるき(兵庫図書館)」『純喫茶で学ぶ食のルポルタージュ( KAVC )」『下町グルメのススメ(下町芸術大学)』などの案内役など精力的に活動する。
現在、サンテレビWebサイトにてコラム「神戸角打ち巡礼(https://sun-tv.co.jp/column/kakuuchi)」 を連載中。

【Webサイト】 http://msibata.org/
【神戸立ち呑み巡礼】 http://msibata.org/tachinomi/
【ブログ】 https://ameblo.jp/msibata/
【兵庫立ち飲みグルメ特集】https://www.asahibeer.co.jp/area/07/28/tachinomi/

改めて学ぶ「角打ち」とは?

「角打ち」とは、酒屋の店頭・店内でお酒を飲むこと。
酒飲みの間では広がりつつありますが、まだまだマイナーなこの言葉。もともと関西・関東ではほとんど知られていなかったものです。
芝田さんはこの由来について、こう語ってくださいました。

“角打ち”は、もともと関西では使わない言葉ですね。関西では、立ってお酒を飲むものはすべて“立ち飲み”。実に単純明快です。
では、角打ちはどこからきた言葉なのか。一つの説として考えられるのは、北九州です。『北九州角打ち文化研究会』の初代会長に須藤輝勝(すどう・てるかつ)さんという方がいらっしゃいますが、この方は“角打ちは九州北部の方言である”と明言しています。
“角打ち”が広辞苑に掲載されたのは、2018年発行の7版から。広辞苑では「角打ちとは、酒を枡で飲むこと。また酒屋で買った酒を、その店内で飲むこと」と説明されています。
これに対して、須藤さんは「酒屋でコップや升(※1)で量り売りした酒、または、瓶・缶で売っている酒をその場で飲むこと。本来は、九州北部の方言」と記載した方がいいと主張しています。
他にも、角打ちの別称として、東北地方の「もっきり」、鳥取県・島根県東部の「たちきゅう」などがありますね」。

芝田さんはさらに続けて、角打ちの特色を語ります。

「角打ちや立ち飲みの魅力は、地域とのつながりにもあります。
私のホームグラウンドは神戸ですが、神戸では、立ち飲み文化が明治初期頃に始まりました。当時、神戸の町では港の発展とともに大きくなった港湾や造船所などで、多くの労働者が朝昼晩の三交代制で仕事をしていました。夜勤明けで家に帰って寝るだけの方も、やはり仕事終わりに一息入れたいもの。こうした方々のニーズを背景に、大企業の工場周りの下町に立ち飲み屋ができていきました。時には地域の酒屋がその役割を果たすことも多かったそうですが、残念ながら酒屋の立ち飲みと、いわゆる飲み屋の立ち飲みが併存していたかどうかは確証が持てません。
また九州では、八幡製鉄所や門司港周辺の労働者や、沖仲仕(※2)などが仕事帰りに酒屋に立ち寄ったことが角打ちの始まり。酒販店の片隅で飲む、というスタイルは同じでも、その背景は地域の事情によって変わってきます。角打ちのサービスを行う店の持つ歴史や背景、地域性や人の魅力などが、一つの味となっているわけですね」。
(※1)枡 または 升・・・もともと米や酒の量り売りのために使用されていた計量器が「升」。「枡」の場合は、軽量を目的としない四角形の箱を指す場合が多い。
(※2)沖沖仕(おきなかせ)・・・船内荷役(にやく)作業に従事する港湾労働者。現在では、船内労働者あるいは船内荷役作業員という呼称が定着している。

角打ちの流儀&作法

地域に密着し、長い歴史を持つことも多い角打ちには、常連客が多く集います。
当然その中には、暗黙の了解やお酒を楽しむためのマナーや文化も存在します。
酒噺の中でもいくつか紹介してきましたが、改めて芝田さんに伺ってみます。

「立ち飲み屋には店それぞれに独特の文化が根付いています。
角打ちで使われる符丁(※)のようなものもありますね。例えば、店が混み合った時などには“ちょっとダークにして”と言われることがあります。ダークとは、肩を斜めにしてカウンターに並ぶこと。こうすると、真正面を向いて立つより多くの人がカウンターを使えるようになります。今では懐かしい話なのですが、昔、“ダークダックス”というコーラスグループがいて、彼らが歌う際の斜め立ちから来ているのです。

赤松酒店の足台(提供:芝田真督さん)
また“足台”も角打ちを訪れないとなかなかわからない言葉。角打ちや立ち飲みのお店のカウンター下には、金属製の足を置く台があります。これが足台。ずっと立って飲んでいると、何故かどちらかの足を上げたくなる、そのために設けられています。
知れば知るほど面白い世界ですね」。
(※)符丁(ふちょう)・・・合図、合言葉のこと

「また、角打ちの作法やマナーについては、今でも古い角打ち店に掲げられている、小売酒販組合の“コップ売りについてのお願い”にその始まりを見ることができるかもしれません」と芝田さん。
“コップ売りについてのお願い”は以下のようなものです。

一、酒は冷でしか売れません
一、椅子腰掛はお出し出来ません
一、煮たき物、加工物の提供は出来ません
一、袋入りおかき、豆、のりはあります。
一、立ち飲みの方はお代を前金で願います
一、肴類の持込はお断りします
一、長時間の談話・飲食は御遠慮願います


「角打ちは基本的に、酒販店などがサービスとして店の一角を提供しているもので、凝った料理やお酒のアレンジを楽しむ場所ではありません。また、長居をするのもあまりよくはありませんね。
この“お願い”を原点に、時代を経て角打ちのあり方も変化しています。
角打ちを楽しむ作法に関して言えばこれは簡単。“人に迷惑をかけないこと”です。角打ちには、一人で来られる方がほとんどなので、多くても二、三人で行くことがおすすめ。そしてその場の出会いや会話を大切するのがポイントです。

また、角打ちには地域ごと、店ごとのローカルルールもありますから、角打ちが初めてという方はお店の外から中を伺って、注文の仕方やマナーを確認するといいかもしれませんね(笑)。中に入ったら他のお客さんを見習って、美味しそうだなと思ったアテを頼んでみるのがいいと思います。
店主には、一度来たお客さんの顔を覚えている方もいますから、通ううちに徐々に馴染んでいけるはずです。また、常連さんの中にはお酒を飲む場所が決まっている方もいますから、カウンターのどこに立つべきか迷ったときには遠慮なく店主に聞いてみましょう。
ただ、地域に根ざした角打ちの中には、常連さん以外お断りの店もあります。私もうっかり入ってしまって、えらい目を見たことがあります。馴染みの店ではない角打ちへ“遠征”するときには、雑誌や“酒噺”のようなWebメディアに掲載されているところを選ぶのが良いですね。少なくとも、メディアに出てくれるほどに協力的な店主さんであれば、初めての客でも拒まれることはないでしょう」。

角打ちの魅力とは

須方酒店の外観の様子
角打ちには、地域性や店の個性があり、そしてそこに集う人々がつくり出す文化があります。
酒噺でも数々の角打ちを巡ってきましたが、その中で芝田さんがお気に入りだったのはどのお店だったのでしょうか。

和田岬の木下酒店神戸・西元町の須方酒店の佇まいは見事ですね。特に須方酒店は、私の知る限り神戸最古の角打ちです。また、古い酒蔵の看板がある飯田酒店もなかなか味わい深いものがあります。飯田酒店は、料理も魅力的でした。ご主人がつくる関東炊き(おでん)も、牛のアキレスやコロ(鯨の脂肪)が入り、こってりと美味しかったですね」。

飯田酒店の関東炊き
「もともと、角打ちではこだわった料理というのは少なかったのですが、近年では代替わりして料理にも力を入れるという店が増えているようです。先の飯田酒店や京都の高木与三右衛門商店などがそうですね。
やはりお酒を飲む際に、アテが充実しているかどうかは大事なところ。特に地域性が垣間見られると嬉しくなります。大阪であれば紅生姜の天ぷら、神戸ならネギ玉、それからちょっとハイカラでなんとも味わい深い、コンビーフや白アスパラの缶詰。私がよく行く新開地の店では、豚足が抜群に美味しくてこれを目当てに行くこともあります。
関東炊きでも、できあいの練り物の中に、これはと思うようなものがあると嬉しいですよね。たとえば、鯨のさえずりやコロ、地元の豆腐店のひろうす(がんもどき)などやはり“ここでなくては”が欲しいものです」。

フジワラ酒店の魚の煮付け
「また、これは滅多に出会えない光景ですが須磨、垂水、明石など漁港がある土地の角打ちでは、漁師の方が海の幸を持って客として来られます。垂水のフジワラ酒店などがそうですね。
そのような場面に遭遇したときは店の大将または女将さんが、それを料理して居合わせた客に振る舞ってくれます。角打ちって良いなあと小さな幸せを感じます」。

「そういえば」と芝田さん。

「店主の人柄も、角打ちに通いたくなる魅力のひとつですよね。
初めての客もやさしく受け入れてくれる包容力をもっている店主がいると足繁く通いたくなります。場所柄、客の相談に乗ることもあるでしょう。若い店主よりも人生経験豊富な高齢店主に惹かれるのは、そういうことかもしれません。
そして、どの店にも共通することは店の方が顔を覚えてくれているということが一番嬉しいことです。そのためには、客の方でも、あちこち行かずに、ここと決めた店に通うことが大切ですね。
また、私の好きな店主の一人に東灘のとある角打ちの店主がいらっしゃいまして、その方は“品格のある飲み方をしてください”とおっしゃっていました。一方で、新開地近くの中央区相生町の角打ちには、店主が客と一戦交えるなど心に残るエピソードのある方が今も多くいらっしゃいますね」。

情勢が厳しい!? 角打ちの未来とは。

社会情勢的に、なかなか外出してお酒を飲むということが難しい日々が続きます。
それでも、外で気兼ねなくお酒を味わうのはまた別格の楽しみがあります。
苦境を乗り越えた先にある、角打ちのこれからについて芝田さんにご意見を伺いました。

「コロナウイルスの蔓延以前に、角打ちをめぐる環境は激変しています。原因は、経営者の高齢化、後継ぎがいないこと、スーパーやコンビニの台頭、再開発による下町の消滅など多岐に渡ります。

また、時代の変化とともに飲酒の楽しみ方も変化しました。今では、おしゃれな居酒屋も多く、アテとなる料理も多彩に選べるのが当たり前です。
そうなると、やはり昔ながらの“酒屋”が生き残っていくのは難しいのかもしれません。

“酒噺”などで取り上げたような店の多くは、長い年月の間、店主と客が創りあげ地元の人にだけ愛され続けてきた『文化財』でもあります。
しかし、ある日突然そうした店に『しばらく休みます』の張り紙が現れないとは限りません。高齢化や時代の波に揉まれ、いつ消えてもおかしくない文化財と思えば、行ける時には行っておくべきだろうと思います。
いまあるうちにぜひ楽しんでほしいと思います。とくに若い方には」。

「角打ち」の風情を、いつまでも残していくために

なかなか厳しい状況が続く角打ちですが、酒噺で取り上げた大阪の上谷商店や京都の高木与三右衛門商店のように、世代交代をしながら若手世代がアレンジを加え、より入りやすく魅力たっぷりになった角打ちが登場し始めているのも事実です。

高木与三右衛門商店のメニュー看板
椅子に座ってたくさんの料理の中から好きなものを選ぶ、居酒屋・料理店ももちろん良いものですが、肩肘張らず、地元の見ず知らずの話好きのおじさん、おばさんと一緒にお酒が楽しめる角打ちも、それに負けず魅力的なもの。

この角打ちの風情を私たちがこれからも味わい続けるために大切なこと。
それは何より、角打ちに足を運ぶことにあります。
角打ちの未来を決めるのは実は私たち一人ひとりの、街と酒を愛する心。
7月11日の「角打ちの日」を契機に、改めて自分好みの角打ちを探してみませんか?
▽達人・芝田さんと巡る兵庫の角打ち
<第1回> 垂水・フジワラ酒店
<第2回> 神戸西元町・須方酒店
<第3回> 苅藻(かるも)・飯田酒店

▽記事に登場した角打ちに関する記事
<高木商店> 懐かしくて新しい、地域に根ざした京都の角打ちの噺
<上谷商店> 居心地のよい角打ち&立ち飲みと出会うための噺

▽その他の角打ちに関する記事
<ピアさんばし> 笑顔とともに馴染みが集う角打ち“さんばし”の噺
<小西酒店> おでんと燗酒でモーニング“立ち飲み”の噺
<曽根崎松浦商店> 親子の絆がつくる、都会の角打ちの噺
<橋本商店> 初めて訪れる店での「コミュニケーション」の噺