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【達人と巡る兵庫の角打ち】苅藻(かるも)・飯田酒店の噺

【達人と巡る兵庫の角打ち】苅藻(かるも)・飯田酒店の噺

酒販店の片隅でさっとお酒をいただく「角打ち」。地元の人が愛する、地域の角打ち店の魅力を達人・芝田真督(しばた・まこと)さんと探索していくシリーズです。

兵庫県内の角打ちを達人と巡るシリーズも3回目。
文筆家の芝田真督さんが今回案内してくれたのは、神戸市長田区苅藻にある飯田酒店。
蔵元から贈られた、木製看板が堂々と掲げられた老舗の酒販店・角打ちには、美味しい料理とお酒、そして「角打ちとは何か」を考えさせてくれる出会いが待っていました。

芝田真督さんプロフィール

日本ペンクラブ会員。神戸の下町に古くからある大衆酒場や大衆食堂、純喫茶などの魅力を伝える文筆家。
著書『神戸ぶらり下町グルメ」『神戸立ち呑み八十八カ所巡礼」『神戸懐かしの純喫茶』(以上神戸新聞総合出版センター)のほか、『兵庫下町まちあるき(兵庫図書館)」『純喫茶で学ぶ食のルポルタージュ( KAVC )」『下町グルメのススメ(下町芸術大学)』などの案内役など精力的に活動する。
現在、サンテレビWebサイトにてコラム「神戸角打ち巡礼(https://sun-tv.co.jp/column/kakuuchi)」 を連載中。

【Webサイト】 http://msibata.org/
【神戸立ち呑み巡礼】 http://msibata.org/tachinomi/
【ブログ】 https://ameblo.jp/msibata/
【兵庫立ち飲みグルメ特集】https://www.asahibeer.co.jp/area/07/28/tachinomi/

木製看板が掲げられた老舗酒店

神戸市営地下鉄海岸線「苅藻駅」のある苅藻の街は、古くから三ツ星ベルトやミヨシ油脂、各種のゴムや化学製品の製造を行う工場が並び、そこで働く社員たちが住み着いた下町です。お目当ての角打ちに向かう道すがら、この街の魅力を芝田さんにレクチャーしていただきます。

「苅藻の良さは、下町の雰囲気が色濃く残っているところでしょうか。銭湯や大衆食堂、大衆喫茶が今も数多く残っています。しかし、土地柄こうした店に情報誌やメディアが来ることは少なく、地域の人々が”自分だけが知っているお気に入りの場所”として、大切に守っています。そこに、自分も加われると嬉しくなりますね」。

苅藻駅からゆったりと話しながら歩くこと5分。
飯田酒店の目印はひときわ目を引く木製の看板です。これは蔵元から酒販店に贈られたもので、現在ではなかなか見られないもの。古くからの酒販店であっても、落下などを避けるため取り外してしまうことが多く、これだけ威風堂々とした姿を見る機会は非常に貴重です。飯田酒店は、入口すぐに酒販店、店内奥が飲食のできる立ち飲み(角打ち)スペースとなっています。

30秒で飲み終わった、かつての常連

酒販店の奥・暖簾をくぐって入る立ち飲みのスペースは、何やら秘密基地めいていて酒飲みの心をワクワクとさせてくれます。
お店の創業は大正7〜8年とのこと。角打ちのカウンターの台座に彫られた「銘酒 龍正宗」は、現在では製造されていないお酒で、その来歴も定かではないそう。もしかすると、地域の酒造の歴史を紐解く鍵となるかもしれません。

この店を守るのは3代目店主の飯田純司(いいだ・じゅんじ)さん。
まずは店の歴史を伺ってみました。

「大正時代には西代(神戸市長田区)のあたりに店があったのですが、昭和になって苅藻に店を移したと聞いています。その頃は店の前に商店街が広がっていて、一等地と呼べるような立地。周囲に三ツ星ベルトさんなどの工場も多く、街には活気があったようですね」(飯田さん)。

また、角打ちを始めたのはこの昭和の時代からなのだそう。

「当時、酒以外では、簡単な乾き物やおつまみくらいしか提供していませんでした。その頃の常連さんのお酒の飲み方はとても粋で、店に入ってくるなり「酒」と一言。コップに一合のお酒を注いで、私が瓶の栓を閉めて振り返る頃にはつるつるっと飲み干してしまって、もう一杯。二杯飲んで、カウンターに代金を置いて、30秒で店を出て行くなんて方もいらっしゃいました。お酒を買いに来るついでに、我慢できなくて店先で飲んで行くなんて方もいて、それが今の店の立ち飲みにつながっているんでしょうね。ちょっと独特ではありますが、いい時代でした」と懐かしそうに話してくださいました。

変わりゆく客層と、美味しい料理にお酒

「今も三ツ星ベルトさんは近隣にあるのですが、工場機能は他に移転してしまって、お客さんの層はガラリと変わりました。昔よく見た作業着の方はすっかり少なくなりましたね。ただ、地元の方は何十年と通ってくださっています。以前よりも飲む時間が長くなって、常連さんから『あれが食べたい、これを作って』と言われる度にメニューが増えていきました。今は30品ほどを毎日提供しています」と飯田さん。

カウンターにずらりと並んだ小鉢や美味しそうに湯気を立てる鍋の中から、いつくかおつまみを選んでいただきます。

まずは手作りのローストビーフ。
香ばしい表面としっとりとした中面。しなやかな肉から感じられる肉の旨味。
上質な赤身を丁寧に仕上げたのがよくわかる本格的な味わいです。肉をめくると下に肉汁とソースをたっぷり含んだ、玉ねぎのスライスが現れます。これもまた嬉しいサービス。
乾杯の一杯目は、タカラ「焼酎ハイボール」<レモン>で。程よい酸味と香りがこの店のローストビーフにぴったり。脂身の少ない赤身なので、冷たい炭酸でも中に脂が残らず、美味しさだけが膨らみます。

冷菜の後は温かいものを。カウンターで湯気を立てる鍋の中はなんと鱈の白子。冬ならではのご馳走です。
柔らかく弾力ある白子がプチンと弾けると、クリーミーな中身が飛び出てきます。これは間違いのない美味しさ。
魚特有の生臭さは、ポン酢と焼酎ハイボールが綺麗に洗い流して、食べたそばから箸が伸びる逸品です。

外は冬真っ盛り。こんな時に食べたいのはやはり関東煮(かんとだき)(※)。
芝田さん曰く「この店の関東煮は関西らしいものが入っていることが多いんです。今日であれば牛のアキレス腱。これもコリコリ、とろりとして美味しいですよ。運が良ければクジラのコロ(皮)などにも出会えます」とのこと。

※関東煮(かんとだき)…関西で主に使われる「おでん」を指す言葉。もともと「おでん」は「味噌田楽」のことを指しており、両者を区別するために関東生まれの煮物料理のことを「関東煮」と呼ぶようになったという説もあります。関東煮には牛スジやクジラなど、関西ならではの具が入っているのが特徴です。

具材の味が十分に滲み出た、ちょっと甘めの出汁で煮込まれた大根やアキレスはホクホクとして、お腹だけでなく胸の奥から温まるような味わいです。

飯田さんが「これも食べてみて」と出してくれたのは、半熟卵の関東煮。
味が十分滲みているのに、黄身はあくまでとろりと柔らかい、不思議な食感で美味しい逸品です。
これもまた、焼酎ハイボールにぴったり。カウンターの上に、空きカンが次々と並んでいきます。

角打ちは、お店の好意でできている

美味しい料理とお酒でひと心地ついたところで、飯田さんに角打ちの流儀についてお話を伺います。

「流儀なんて大層なものはないけれど、やはり泥酔している方はよくありませんね。うちは基本的にはしご酒はお断りしています。また、常連さんも多い時にはワイワイと盛り上がることもありますが、それはあくまでその日の状況によるもの。最近では、若い方の間でも角打ちがブームだそうですが“常連さんと一緒に飲んで仲良くなれるのが角打ち”かと言うと、必ずしもそうではありません。お酒を楽しむ時は量も、距離感もほどほどに。また、その日、その場の酒場の空気を見て飲んでもらうのがいいかもしれませんね」(飯田さん)。

それを聞いて芝田さんも「もともと角打ちは、家までお酒を待っていられないお酒好きの方のために、酒販店がご好意で店の一角を貸してくれるものです。居酒屋のようなサービスやワイワイとした賑やかさを楽しむのではなく、地元の人たちが大切に守ってきた、地域や店の空気を感じて“お相伴(しょうばん)”させてもらうのが良いんですね」と膝を打ちます。

角打ちは、酒販店とその地域の人々が作り出すもの。
肩の力を抜いて、まずはお邪魔させてもらうつもりで行くのが、角打ちの流儀なのかもしれません。
地域ごと、酒場の一軒ごとに違う、角打ち情緒をぜひみなさんも体験してみては?

<取材協力>

飯田酒店
住所:兵庫県神戸市長田区苅藻通4丁目3-1
営業時間:17:00~21:00
※新型コロナウイルス感染症の影響に伴い、営業時間等に関しましては、店舗にお問い合わせください(取材日:2020年12月8日)

▽料理と一緒に紹介したお酒はこちら

・タカラ「焼酎ハイボール」<レモン>
https://shochu-hiball.jp/lineup/original.html

▽達人・芝田さんと巡る兵庫の角打ち

<第1回> 垂水・フジワラ酒店の噺
https://sakabanashi.takarashuzo.co.jp/cat3/kakuuchi-fujiwara_201218

<第2回>神戸西元町・須方酒店
https://sakabanashi.takarashuzo.co.jp/cat3/kakuuchi-sugata_210122

▽その他の角打ちの噺はこちら

・笑顔とともに馴染みが集う角打ち“さんばし”の噺
https://sakabanashi.takarashuzo.co.jp/cat3/5Gee6 

・おでんと燗酒でモーニング“立ち飲み”の噺
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・親子の絆がつくる、都会の角打ちの噺
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