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「変わらないから愛される」下町の粉もんの噺

「変わらないから愛される」下町の粉もんの噺

2019,10,11 更新

粉もんとは小麦粉を使った料理の総称。
お好み焼きやたこ焼き、うどんなども粉もんに分類されますが、いずれも我々庶民の懐に優しく、またしみじみと美味しい食べ物ばかり。
粉もんの聖地といえば大阪、なのですが、実は京都にも知る人ぞ知る、粉もんの名店があるのです。
懐石料理に和菓子に湯豆腐。京都の料理にはちょっと敷居の高い料理が多いイメージがあるのですが、もちろん京都にだって下町はあります。
今回訪れたのは、碁盤の目の南端。七条は三十三間堂のすぐそばにある、お好み焼き「吉野」。暖簾をくぐった先に、どこまでも優しい人と料理との出合いが待っていました。

京都の下町ソウルフード

京都市下京区、京都タワーを間近に見る京阪七条駅から徒歩7分ほど。
三十三間堂の南にある細い路地の先に今回訪れた「吉野」はあります。暖簾をあげて店内に入るとにこやかな顔で出迎えてくれたのは、名物女将の吉野久子(よしの・ひさこ)さんと店員として働くご親戚の吉川智仁(よしかわ・ともひと)さん。
 (1965)

「いらっしゃい、何にする?」と切り出す女将さんに、まずはこの店のドリンクとオススメの焼き物を注文。スタンダードな酎ハイレモンと京都の粉もん屋のドリンクの定番「赤」、それから焼き物は牛の小腸“ホソ”をオーダーしました。
吉野の酎ハイは、宝焼酎「純」の35度をベースに強炭酸で割ってあるのが特徴。シロップやエキスを変えることで、「甘いの」と「甘くないの」の2種類を選ぶことができます。今回は最初の一杯ということで「甘くないの」にします。
 (1967)

また、一緒に注文した「赤」とは、甘口の赤ワインを焼酎と炭酸で割ったもの。京都の下町で愛されるB級カクテルで、ほのかな甘さとシュワっとした刺激がソースの濃厚なコクや、甘辛いタレに抜群に合うのです。

焼き物が出来上がるまで、女将さんにこのお店についてお話を伺います。

50年間、何も変えてへん

 (1970)

湯気の立つ鉄板の向こうで、訥々と語る吉野さん。
「この店をオープンしたのは50年前。お店を開いた理由?食べていくためやで。昔はこの辺りにはたくさんお好み焼き屋があってね、“他の店にないことをせな”って思って、ちょうどその頃兄弟がホルモンを扱っていてそれを使ったの。
料理も全部自分で考えて、少しでも違うものを出そうと思って、いつの間にか50年。自分のできることをしてるだけで何も変えてへん。料理もお酒もずっと一緒。うちの酎ハイは全部、宝酒造の『純』ベース。さっぱりしていて美味しいし、開店当初に来てくれた大切な仕入先だから。これからもずっと、この味」。
 (1972)

「お待ちどうさま」と声がかかると、大きなコテに乗せられたホルモンが目の前に届きます。吉野のホルモンは味噌ダレ、鉄板で程よく焦げ付いた味噌の風味にこってりとしたホソの脂が甘みを添えます。濃厚な味わいが口に広がったところで、酎ハイレモンを一口。これは「甘くないの」が正解。酸味と炭酸がふわふわとしたホソの脂を心地よく喉の奥へと運んでくれます。

大阪でも広島でもない、吉野のお好み焼き

京都の下京区や南区周辺ではホルモンは好んで食べられる食材のひとつ。
吉野のお好み焼きにも先ほどのホソやスジ、あぶらかすなどを具として選ぶことができます。ホソを焼き物でいただいた後ですので、スジのお好み焼きを注文します。
 (1976)

吉野のお好み焼きは京都でよく食べられている“べた焼き”のスタイル。
はじめに薄くクレープ状に生地を引いてその上に、野菜や麺、具材を乗せていき、さらにその上から生地をとろりと垂らして、ひっくり返し丁寧に焼き上げていきます。事前に具材を混ぜる大阪とも、具材を蒸しあげてプレスする広島のお好み焼きとも全く違うこのお好み焼き、もちろんその焼き加減や具材のチョイスは、吉野のオリジナルです。
 (1978)

生地はもっちりとして柔らかく、スジ肉の旨味やキャベツの甘さが溶け込んで一口ごとに笑顔がこみ上げるほどに美味。何種類ものソースを組み合わせた吉野秘伝のソースがこれまた抜群に合うのです。
 (1980)

このお好み焼きに合わせるのは、グラスに抹茶と焼酎を入れてよく混ぜ、強炭酸で割った宇治抹茶酎ハイ。
テーブルに登場したのは泡の立った真緑のグラス、ちょっと驚くビジュアルですが、抹茶のほろ苦さと甘さは意外にも炭酸と好相性。こってりとしたソースにも負けないコクがあります。
「常連さんの一人がお茶屋さんで、“これ使うてや”と抹茶を持ってきたのがきっかけ。関東では抹茶の酎ハイが人気で、ウチでも作ってみたらこれが大当たり。今ではうちで一番人気やね」と吉野さん。件の常連さんは現在も足繁くお店に通っておられるそう。

別々に注文したら高こうつくやろ?

お好み焼きと宇治抹茶酎ハイを楽しみながら、ふとメニュー表を見ると気になる文字が目につきました。「オムライス」。お好み焼き屋ではあまり目にしないメニューです。好奇心に駆られて注文してみると、鉄板に広げられたのは、焼きそばの麺に白いご飯。「トッピングは何にしよか?」と聞かれたので、これまで頼んでいないあぶらかすをオーダーしました。
 (1984)

焼きそばの麺とご飯にソースがかけられ手早く切り混ぜられた脇に卵が広げられ、あっという間に薄焼きにされていきます。その薄焼き玉子の上に、麺とソースご飯を乗せてくるくると巻き上げたら、吉野風のオムライスの完成です。

「この辺には昔から高校が多くて、よく学生さんが食べに来はるんやけど、お好み焼きと焼きそばとご飯を別々に頼んだら高こうつくやろ。それで、全部一緒にして、一品にしたのがこれ」。

確かにボリューム満点。それでいてしみじみと美味しい。複数のメニューをただ一緒にしただけでなく、絶品料理にしてしまうところが吉野さんのすごいところです。
 (1986)

「昔、学生さんだった人も、社会人になって、子供ができて、すっかり大人になって、それでもウチによくきてくれて、もう40年以上通ってくれる人も少なくないよ」。
大振りのオムライスを前に、当時の学生さんを懐かしむように吉野さんはそう話してくださいました。

変わらないから愛され続ける、変わらないから通い続けられる

「変わったことはできない」と吉野さんは話します。
しかしその実、吉野さんの手から生まれる料理一つ一つ、ドリンクの一杯ずつに常連客との温かなエピソードがありました。
50年の間、同じ味を守り続けること。それはきっとこの店に通う多くのお客さんとの物語を紡いでいくことなのでしょう。
カウンターに座った常連さんの一人がこう語ります。
「いつ来ても満足できるし、大切な人を連れてきたくなる。ここは日本一のお好み焼き屋だよ」。
 (1991)

ソウルフードは、その名の通り心の味。
時を経て変わらずいつ食べてもうまい。だからこそ地元の人々が慣れ親しんで、帰り着く味なのです。

「大事なのは新鮮なこと、毎日良いホルモンを仕入れて一番美味しいところを食べてもらう。美味しいよって言ってもらえるのが一番だからね、またいつでもおいでよ。うちは常連さんもいい人ばっかりだから、来てくれる人がいて身体が動く限り店を開けて待ってるよ」。
 (1993)

お腹だけでなく、心の底から幸せになれる吉野。
京都を訪れた際は、ちょっと寄り道して下町の味を楽しんでみませんか?
きっと10年、20年と通い続けたくなる味と、温かなもてなしに出合えるはずですよ。
 (1995)

<取材協力>
お好み焼吉野
営業時間:11:00~21:00(LO20:30)
定休日:月曜日・火曜日
住所:京都府京都市東山区大和大路通り塩小路下ル上池田町546


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