知っているようで知らない“杉玉”の噺
2020,1,3 更新
前回の【酒噺】では、奈良県桜井市三輪にある大神神社(おおみわじんじゃ)の「醸造安全祈願祭(酒まつり)」を紹介しました。
その中で、拝殿に吊るされた大きな杉玉が登場したのを覚えているでしょうか。
別名を「酒林」(さかばやし)とも呼ばれる杉玉。
酒蔵のほか、最近では日本酒を扱う飲食店の軒先でも見られるものですが、これが何のために作られ、何を指すのか以外と知らない人も多いのではないでしょうか。
実はこの杉玉の発祥は、大神神社だと言われています。
そこで、前回祭礼についてお話を伺った大神神社の権禰宜(ごんねぎ)・山田浩之さんに引き続きお話を伺いながら“杉玉”について調べてみました。
そもそも“杉玉”とは?
杉玉は酒蔵の軒下などにかけられるもので、その名の通り杉の葉からできています。
杉玉が飾られ始めるのは2~3月。これは酒蔵で新酒が出来上がる時期です。
この頃にかけられる杉玉は、いわば「新酒完成」のサイン。
さらに、杉の生葉でできた杉玉は、時間の経過とともに緑色から薄緑、茶色と徐々に色を変えていきます。
夏の酷暑で、杉は徐々に枯れ始め色が薄くなっていきます。
この頃にちょうど出回るのは「夏酒」、そして秋になると杉玉は、すっかりと茶色く枯れた色合いになります。
この時期は夏を越えて、日本酒が円熟する「秋あがり」の季節。
つまり、緑の杉玉はその変化に合わせて、酒蔵で出来上がる日本酒の味わいの変化も知らせてくれるのです。
ミステリアスな“杉玉”の始まり
大神神社では、酒栄講(さかえこう)と呼ばれる酒造関係者からなる崇敬組織があり、11月の醸造安全祈願祭前後から講員に向けて杉玉を授与しています。
酒栄講は大正時代に造られた組織であり、その時にはすでに杉玉があったようです。
山田さんは続けてこうお話されました。
「さらに、大神神社には杉の神木が多いのも特徴です。杉には殺菌作用があり、かつての酒造工程においては酒母やもろみを攪拌(かくはん)するための櫂(かい)や貯蔵用の樽などにも杉が使われていました。こうした古くからの酒造りの聖地であり、酒造りに欠かせない杉を祀っているというところから、それぞれの意味が結びつけられることで、杉玉という形ができたのではないでしょうか」。
大神神社での“杉玉”作り
この杉玉に使われているのは、なんと大神神社の神体山に生えている杉の木。
神職がこの杉の木の枝を切り、全て手作りで制作しているのです。
「出来上がった杉玉は順次、全国へ発送するのですが、灘や伏見など近場の酒処には直接持参しています。手作りのため、一気に作るというわけにもいかず、少しお届けが遅れてしまうと“待っていたんですよ”と酒蔵の方に言われてしまうこともあります。ただ、それだけ楽しみに待っていただけていたと思うと嬉しいですね」と山田さんは笑います。
現在では、大神神社以外にも各地の酒蔵を始め、さまざまなところで杉玉が作られるようになっています。
これらと大神神社の杉玉に違いはあるのでしょうか。
大神神社がお酒の聖地であった証拠が発見される?
山田さんは、この地での酒造りについてこうも語ります。
「杉玉もそうですが、近年になって境内のササユリから酒造りに利用できる酵母が発見されました。この酵母は、奈良の酒造元で実際に利用され「山乃(やまの)かみ」の名で販売されています。もしかしたら、古代の人たちも酒造りに際してこのササユリの酵母を使っていたかもしれません。米や水に加え、道具や樽材としての杉に酵母など、酒造りに必要な要素が奇跡的に集まっている三輪はやはり、酒造りの聖地と言うことができるでしょう」。
杉玉のルーツや成立経緯は明らかとはなっていませんが、大神神社にはそれ以外にもたくさんの興味深い酒造りの起源を示す証が残っているようです。
そこに“志るしの杉玉”と“三輪明神”の文字があれば、ご縁を受けた美味しい日本酒と出会えるかもしれませんよ。
<取材協力>
大神神社
住所:奈良県桜井市三輪1422
http://oomiwa.or.jp/
そのほか、お酒と神様に関する記事はこちら
酒造りの安全を祈願する「酒まつり」の噺
https://sakabanashi.takarashuzo.co.jp/cat1/5iMFm
古来より日本人に親しまれる“お米の神様”の噺
https://sakabanashi.takarashuzo.co.jp/cat1/GDzPN
世界に誇る日本酒文化のルーツとなった “お酒の神様”の噺
https://sakabanashi.takarashuzo.co.jp/cat1/uYGEs
お酒を楽しむ氣力の源“お水の神様”の噺
https://sakabanashi.takarashuzo.co.jp/cat1/3c25y