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「お酒とは、身体も心も和ませてくれるもの」…京都のサラリーマン街にある、やかん酒が名物の居酒屋店主の噺

「お酒とは、身体も心も和ませてくれるもの」…京都のサラリーマン街にある、やかん酒が名物の居酒屋店主の噺

酒にまつわる店主の思いを聞くシリーズ。今回は、京都にあるやかん酒が人気の店、『あんじ府庁前店』の店主に酒への思いをお聞きしました。「お酒は身体と心が和むもの」であり、「居酒屋は人とのつながりを生むもの」と語る、その言葉の真意に迫ります。

サラリーマン街で「やかん酒」を囲む常連たち

京都府庁前の釜座通(かまんざどおり)は、府庁を皮切りに、郵便局、消防署、病院などの公的施設が並び、サラリーマンの多い界隈です。その一角にある『あんじ府庁前店』は、京都の居酒屋「あんじグループ」の店として出発し、今は店主の中井隆憲(なかい・たかのり)さんが采配をふるう独立店舗となっています。

日も暮れる頃、「いらっしゃい!」と威勢のいい声に迎えられ、仕事帰りのサラリーマンがひとり、またひとりと入ってきます。ここの人気は「やかん酒」です。アルミ製のやかんには、日本酒の松竹梅「豪快」が3合入ります。一合徳利では物足りない本当の酒好きには、このやかん酒を酌み交わすのがたまりません。冷やでもぬる燗でも熱燗でもいい。アテはとびきり新鮮な魚介類や京野菜のおそうざい。気取らないやかん酒で、1日の疲れや緊張もとれ、心地よく酔いが回ります。

「うちのお客さんは、4人で一升瓶1本っていう人もいるからね。そんなときもやかん酒に移すと注ぎやすいから」と、中井さんは豪快に笑います。

お客さんは常連が多いそうです。この店のポイントカードは「係長」「課長」「部長」と、来店数が増えるごとにランクが上がり、それに応じて特典もアップ。中井さんにはLINEでも来店の連絡が入り、中には600回以上のリピーターもいるそう。この店が心のよりどころになっている馴染み客もいます。
「実は、週末になると一転、家族連れのお客さんが多くなるんです。俺が居酒屋を始めたいと思ったのも、子どものときの居酒屋の楽い思い出があるから」と、中井さんは意外なことを語り始めました。

小5で「居酒屋になる」と決め、北海道で漁師になる

中井さんは京都生まれの京都育ち。子どもの頃、家族旅行で行った神戸で、初めて居酒屋を訪れました。その店の店主が、「おいしいか?」「ありがとな」と、中井さんのことを何かと気づかい、うれしそうな顔で仕事をしていました。「あのおじさん、めちゃくちゃ面白そうに仕事してる。そんなに楽しいなら、自分も居酒屋をやってみたい」と中井少年は思いました。

居酒屋は家族がほっこりできる空間。中井さんに刻み込まれたこのイメージは、その後もゆるぎませんでした。
高校を出ると修行のために料理旅館に就職しましたが、厨房担当でお客さんとの会話がなかった不満もあり、3年で退職。「居酒屋になるために、まずは日本中のうまいもんを食べて味を学ぼう」と、武者修行の旅に出ました。
最北の北海道からスタートしたのですが、その最初の地で子どもが生まれ、漁師で生計を立てるという予想外の展開に。その後2人目の子どもにも恵まれました。

しかし居酒屋になる夢は変わりませんでした。
7年間の漁師生活のあと京都に戻り、居酒屋「あんじ」に入社。学び、実践して12年が経ち、そろそろ独立したいと思った6年前に、あんじ府庁前店を独立店舗として担うことになりました。
「この店の売上なら、3世帯が食べていける」と、中井さんはまた意外なことを口にしました。3世帯? なんと、今年大学を卒業する長女、高校を卒業する長男がともに、この店で働くのだそうです。

高校時代からアルバイトとして働いている娘の志(こころ)さんにお話をお伺いしました。

「お父さんと一緒に仕事をするのは楽しいし、お酒の勉強もしたいんです」。
父親が楽しそうに仕事しているから自分も働きたいと話す姿は、まるでかつて居酒屋の店主に抱いた中井さんの思いをなぞるようです。

自分に子どもができて以来、子どもが大好きになったという中井さん。実は、おばんざい1品注文ごとに100円を貯めて、被災地の幼児施設に寄付しているそうです。
「毎年どこかで災害があるからね。今年は熊本の幼稚園に贈りました。お礼にもらった手紙を店の壁に貼っています。子どもたちと店がつながっている感じがするでしょう?」
あんじ府庁前店は、「子どもに優しい居酒屋」でもあるのです。

おすすめ料理は、自慢のあら炊きから、おふくろの味まで

中井さんの自慢料理のひとつが、旬の魚のあら炊き。以前、あんじグループで社内コンテストをしたときに優勝した一品だそうです。

「絶対勝ってやろう、と思って日夜研究を重ねました。砂糖はザラメを使い、仕上げに梅酒を使っています」と、レシピづくりに奮闘した当時の経験を語る中井さん。
本日の魚は「クロソイのあら炊き」でした。ふわっとした甘みがあり、松竹梅「豪快」のきりりとした辛口の味わいが、そのおいしさを引き立てます。牛蒡煮が丸ごと添えられていて、口触りの変化がほしい酒呑みには最高の組み合わせです。

驚くほど身が分厚く切られた「お刺身舟盛り」をいただいていると、「大漁旗で、漁師の雰囲気を出したいなと思ったんだよ」と、中井さんは壁に掛かる羅臼の「鶴喜丸」の大漁旗を指さしました。その盛り付けは、中井さんが漁師だった頃の想像もかきたてて、酒を酌み交わす気分を盛り上げてくれます。

一方、万願寺唐辛子の煮つけや、子芋煮、切り干し大根、ぬか漬けなど、家庭的なおばんざいの小鉢も揃っています。
「これは、俺が子どもの頃おいしいなと思っていたおふくろの味だね」。
インパクトのある海鮮料理とは対照的に、手間暇かけた京都のおばんざい。中井さんが家族で楽しく食べたその味も、店に伝承されているのです。

「お酒は身体と心が和むもの」であり、「居酒屋は人とのつながりを生むもの」

小学生のときに居酒屋になりたいと思った夢をかなえた中井さんに、ご自身にとってお酒はどんなものですかと尋ねると、「身体も心も和ませてくれるもの」と答えてくれました。
中井さんは続けます。
「居酒屋の良さは、人とのつながりじゃないですか?」

中井さん自身も、店だけでなく、一緒に過ごすことで深くなる家族とのつながりを大切にしています。休日には家族と必ず食卓を囲みます。
将来的には2号店、3号店の出店も視野に入れているのだとか。「お客さんが子どもを預けられるような、託児所つきの居酒屋もいいね」と、真剣に考えています。家族の楽しい思い出と味が、居酒屋という空間を通して引き継がれていくかもしれません。

楽しそうな大人を見て、子どももまた楽しくなる。
「居酒屋で働きたい」という中井さんの夢は、子どもの頃の思いを超えて、さらに発展していきそうです。

<取材協力>

あんじ 府庁前店
住所:京都府京都市上京区釜座通椹木町下ル夷川町375 ポパイビルB1
営業時間:11:30~14:00、17:00〜24:00(L.O.23:00)
定休日:第1日曜日
URL: https://anjifuchoumae.gorp.jp

▽今回「クロソイのあら炊き」や「お刺身舟盛り」と一緒にご紹介したお酒はこちら
・松竹梅「豪快」
https://www.takarashuzo.co.jp/products/seishu/gokair/
▽そのほか、『ハンケイ500m(https://www.hankei500.com)』コラボ記事はこちらから

・京都・南太秦の食を満たす、もの静かな店主の賑やかな酒場の噺
https://sakabanashi.takarashuzo.co.jp/cat3/SPpCe

・上賀茂の新鮮野菜で味わう本格タイ料理の噺
https://sakabanashi.takarashuzo.co.jp/cat3/xDxYY

・「酒とは料理の楽しさを倍増してくれるもの」…京都・西院の和中創作居酒屋店主の噺
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・「お酒とは、人と人とをつなぐもの」…京都の住宅街にあるお寿司が美味しい居酒屋店主の噺
https://sakabanashi.takarashuzo.co.jp/cat4/marufuku_201204

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