造り方から文化まで、「日本酒」のすべてを知る噺〈後編〉
2025,12,12 更新
日本を代表するお酒といえば、やはり日本酒。2024年には、焼酎や本みりんなどを含む「伝統的酒造り」が、ユネスコ無形文化遺産へ登録されました。
「酒噺」でもこれまで、さまざまな角度から日本酒を深掘りしてきました。今回は、過去の記事を紹介しながら、2回に分けて日本酒の魅力をお届けします。〈前編〉では、日本酒の造り方から味わい、飲み方について解説しました。一方、日本酒は神事で扱われたり、慶事の「鏡開き」で用いられたり、日本の節句や文化とも密接なつながりがあります。〈後編〉では、過去に深掘りした記事を交えながら、日本酒と日本文化の関係について紹介していきます。
日本最古の神社とお酒の関係
この活日命は、わずか一夜にして非常に優れた御神酒を造り、これを振る舞ったところ疫病が治ったと伝えられています。そして、この出来事は国家繁栄のめでたい兆しとして喜ばれ、その後、この地で始まった酒造りが各地へ伝播したといわれています。
こうした経緯から、三輪の大物主大神は酒造守護の神様、活日命は杜氏(とうじ)の祖として信仰されるようになり、大神神社はお酒にまつわる神社として、全国各地から崇敬を集めることとなりました。
新酒の仕込みにあたる毎年11月の「醸造安全祈願祭(酒まつり)」は、大神神社の一大行事。全国の酒蔵や洋酒会社、さらには醤油や酢の関係者、大学教授など多彩な顔ぶれが集まり、醸造の安全を祈願します。
【関連記事】
【日本酒を知る】酒造りの安全を祈願する「酒まつり」の噺
酒造りの神様
松尾大社は、古代の渡来系技術者集団「秦(はた)一族」の総氏神として創建されました。秦一族は、伏見稲荷大社の創建や平安京の建設にも関わった、京都の歴史に欠かせない存在です。
平安時代には朝廷で御神酒を造る役職がありましたが、貴族から武士の時代に移ると、寺院や民間の酒屋が酒造りの中心となります。その中で、中国の最先端技術を学んだ僧侶による僧坊酒(そうぼうしゅ)が評判となり、寺院の多い京都は優れた酒の産地となりました。そして、その職人の多くが秦一族だったとされています。
やがて、優れた酒造り集団である秦一族の総氏神にあたる松尾大社、そして松尾山の神様が、「おいしい酒造りの神様」として信仰されるようになりました。さらに江戸時代になると、上方(近畿)の酒を送る輸送ネットワークが発達し、松尾の神様信仰も全国へ広まっていったのです。
【関連記事】
【日本酒を知る】世界に誇る日本酒文化のルーツとなった “お酒の神様”の噺
日本酒は最も重要なお供え
秋になると、全国の神社で、米や野菜の収穫を祝い、神様に感謝する秋祭が斎行されます。その際に必ずお供えするのは、米・酒・塩・水の「神饌(しんせん)」。なかでも酒は、神様をもてなす上で重要な神饌とされています。
【関連記事】
【日本酒を知る】10月1日は「日本酒の日」―北野天満宮と日本酒との深い縁の噺
杉玉と日本酒
このように、杉玉はその色の変化によって、酒蔵ででき上がる日本酒の味わいの変化も知らせてくれるものです。歴史をたどると、こちらは前述の、奈良の大神神社が発祥だといわれています。
とはいえ、杉玉のルーツや成立の経緯は明らかとはなっていません。しかし、大神神社では酒造りの信仰が5世紀前半には始まっていたとされ、現在でも杉の神木が多く残る聖地です。
杉には殺菌作用があり、かつての酒造工程においては酒母やもろみを攪拌(かくはん)するための櫂(かい)や、貯蔵用の樽などにも杉が使われていました。こうした意味が結びついたことで、杉玉が生まれたのかもしれません。
【関連記事】
【日本酒を知る】知っているようで知らない“杉玉”の噺
酒樽の歴史
慶事に使われる酒樽は、もともとは酒を運ぶための容器でした。関ヶ原の合戦が終わった1610年代から酒の流通が始まり、上方の酒が江戸へ輸送されるようになったことがきっかけです。
酒を輸送するには「樽廻船(たるかいせん)」が使われ、樽同士がぶつかって酒が漏れないよう、藁(わら)などで作った菰(こも)が“緩衝材”として巻かれるようになりました。こうした背景から、酒樽は「菰樽」とも呼ばれます。
なお、伝統的に樽に使われる木材は吉野杉です。理由は、抗菌作用があることに加え、香りがよく扱いやすいからです。ただし、樽廻船などで長時間の輸送をすると酒に木香がつきすぎるので、高級酒には木香がつきにくい「甲付樽(こうつきだる)」が使用されました。現在では、樽の中に酒を長時間入れておくことはありません。
樽酒は、日本酒にこだわる居酒屋などで提供されることもあります。見つけた際はぜひ味わってみてください。
【関連記事】
【日本酒を知る】祝い酒に欠かせない“酒樽”の噺
酒枡と角打ちの関係
なお、近年人気を集めている、酒販店の片隅でお酒を飲む「角打ち」も、一説によれば枡が語源とか。諸説ありますが、酒屋で枡に注がれた酒を持ち帰るのが我慢できず、“枡の角から飲んでしまう“ことが由来ともいわれます。
「益々(ますます)繁盛」「福が増す(ます)」と、語呂合わせの縁起もかつげる枡。祝い酒を嗜む際には、ぜひ枡酒で宴席をより盛り上げたいものです。
【関連記事】
【日本酒を知る】新年を“ますます”めでたく飾る、酒枡の噺
日本酒は、古来より神々の恵みである米を醸し、祭りや儀式を通して信仰と文化を育んできました。大神神社や松尾大社に代表される「お酒の神様」への信仰から、新酒の完成を知らせる「杉玉」、慶事を彩る「鏡開き」に至るまで、その歴史と文化は日本の精神と深く結びついています。この記事で触れたように、日本酒が持つ豊かな物語を知ることで、私たちは日本の文化をさらに深く味わうことができるでしょう。
【日本酒を知る】白壁蔵①:今更聞けない、日本酒の基本の噺
【日本酒を知る】白壁蔵②:知っていたら自慢できる?日本酒造りの噺
【日本酒を知る】自然と人の努力が生んだ、酒造好適米・山田錦の噺
【日本酒を知る】秋に円熟する日本酒「秋あがり」と灘の名水の噺
【日本酒を知る】辛口・甘口など日本酒の味わいや香りの噺
【日本酒を知る】温度帯によって独特の呼び名がある噺
【日本酒を知る】冬に最適! 自宅でじっくり燗酒を楽しむ噺
【日本酒を知る】夏はひんやり“日本酒ロック”の噺
【日本酒を知る】いま話題の「日本酒ハイボール」を味わい、和食とのペアリングを楽しむ噺
【日本酒を知る】酒造りの安全を祈願する「酒まつり」の噺
【日本酒を知る】世界に誇る日本酒文化のルーツとなった “お酒の神様”の噺
【日本酒を知る】10月1日は「日本酒の日」―北野天満宮と日本酒との深い縁の噺
【日本酒を知る】知っているようで知らない“杉玉”の噺
【日本酒を知る】祝い酒に欠かせない“酒樽”の噺
【日本酒を知る】新年を“ますます”めでたく飾る、酒枡の噺



